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第11話 初めての朝

『お前は特別な子だよ、直桜。その身に最高神を宿せる。神降ろしができる子は集落でも数少ないんだ』 「嫌だ。俺はそんなの、望んでない。神様なんか、いらない」 『神降ろしをしろと教えただろうに。神喰いなど、恐れ多い。顕現させた神を止めるから生神なのに、神を体内に喰らったら、何の意味もない』 「言われた通りにしただけなのに。直日神は内側に宿ることを望んだから。魂が繋がれば直桜の負担も少ないって、直桜ならそれができるって、神様がそう言ったのに」 『異端、忌子、災禍の種。何故、教えた通りにしなかった。人が神の力を得るなど、恐ろしい。お前はその力を使ってはいけないよ。きっと災いが起こる、きっとだ』 「そうか、俺の存在が災いなんだ。これだけ集落が騒いでる。力を使わなければ、普通に埋もれて生きれば、きっと何も起こらない。きっと、平和だ」  昔々の出来事が、走馬灯のように頭の中を流れていった。 (……夢、か? 久々にみた。あの時、俺を災いと呼んだのは、誰だったか)  呪詛でもかけるように囁いた女は、まるで直桜の存在を卑下した声で、顔で、笑っていたと思う。 (気分、悪ぃ。久しぶりに神力を使ったせいか。もう、忘れていたのに)  カーテンの隙間から木漏れ日が差し込んでいる。鳥の鳴く声が朝を告げていた。  気分が悪くて寝返りを打ったら、やけに端正な男の顔が目に入った。 (あれ……、化野? あれ、あれ⁉)  状況が理解できずに頭の中が混乱している。 (昨日は楓と飲んで帰って、風呂上がりの化野と話を……、プリン食べて、えっと)  そのまま寝た、気がする。  腹が満たされて、ウトウトしたところまでは覚えている。が、それ以降の記憶がない。  慌てふためく直桜の顔に、手が伸びてきた。  ぐいと引き寄せられて、胸に抱かれる。 「おはようございます、直桜」  寝ぼけた声が頭の上に振ってきた。 「化野、昨日って、もしかして……」 「違います」 「は?」 「呼び方。昨日、約束したでしょう?」 「あ……、護?」  すっかり鬼化が解けた細い指が、直桜の頬を撫でる。 「そう。これからは名前で呼ばないと、返事をしませんよ」  瞼に口付けられる。くすぐったくて、柔らかい。 「昨日は直桜が寝てしまったので、何もしていませんよ。話も、こっちも」  尻を撫でられて、びくりと体が跳ねた。 「そか、寝ちゃって、ごめん……」  謝ったものの、眠ってしまって良かったと思った。  昨晩は酒が入っていたせいか、発言が大胆になっていた気がする。 (展開が急すぎるぞ。楓に告られたり、化野に告られたり。てか、俺たちってコレ、付き合う感じになってんのか?)  首の下に化野の腕がある。  何となく体を寄せて、抱き付いた。  化野の腕が、直桜の体を抱き包む。 (居心地、いいな。化野は惟神の俺も、それを望まない俺も受け入れてくれる。俺のこと知っていて、求めてくれる。だから、安心するのかな)  恐らく、この先直桜がどんな選択をしたとしても、化野は傍にいてくれる。  今は、そんな風に思えた。 「今日って、仕事?」 「一応、公務員なので、土日はお休みです」 (今日って日曜日か。じゃ、化野も休みだ。ゆっくり話、聞けるかな)  直桜のバイトは外勤が入った時と、内勤で化野に呼ばれた時の、基本は週三日勤務だ。それ以上の勤務が入れば休日出勤扱いになる。  化野は月金の五日で、外勤がなくても事務所に籠って仕事をしているから、休みの日は休ませてやりたい。 (このまま寝かせてやったほうが良いかな。あ、ヤバイ、俺の方が寝落ちそう)  化野が直桜の髪をゆっくり撫でる。  その手つきが気持ちよくて、眠気を誘う。 「直桜、このまま話を聞いてくれますか? 私の腹の中にある、魂魄の話を」 「ダメだ。その話は、もっとちゃんと、起きてる時に」  うつらうつらとしながら、聞いていい話じゃない。  懸命に目を開けようとする直桜の髪を、化野が撫で続ける。 「いいんです。それくらいの方が、気楽に話せますから。聞き漏れがあれば、また話します。だから今、聞いてください」  優しい瞳が、直桜を見下ろす。  いつの間にか素直に頷いていた。 「ん、わかった」  化野が直桜の額に口付ける。  指よりもっと柔らかい感触が気持ちいい。 「直桜の指摘通り、この魂魄は半年前に死んだ、私の前のバディの霊です。しかし私は、彼に恋愛感情は持っていなかった。彼が向けてくれる愛情から逃げ続けました。あのコテージは、その為の場所でした」  結界で隔離された空間にあったログハウスを思い出す。 「一人になりたい時って、そういう?」  化野が頷く。 「酷いでしょう。直桜のようにはっきり断ることもせずに、半端な態度をとり続けていたんです」 「俺みたいに?」  直桜は首を傾げた。 「お友達の告白を断ったんでしょう。愛情を向けてくれる相手に、素直な自分の気持ちを伝えることはとても勇気がいります。直桜は、すごいですね」  鼻の頭にキスが落ちる。 「なんで、知ってんの?」 「昨日、自分から話していましたよ。覚えていませんか?」 「……全然、覚えてない」  さぁっと血の気が引いた。  いくら酒が入っていたとはいえ、恋人になった相手に話していい内容ではない気がする。 「結構、酔っていましたからね。らしからぬテンションでした」  何かを思い出したのか、化野が含み笑いをしている。 「待って、俺、他にも何か話した?」 「ええまぁ、色々と。普段は聞けない話が聞けて、楽しかったですよ」  化野の服を掴んで、ぐいと引き寄せた。 「他に一体何を……。いや、それは後でいいや。今は化野、じゃなくて護の話の方を優先で」  ニコニコと笑んで、護が直桜の頭を撫でる。  子ども扱いされているようで気に入らないが、心地いいのでそのまま撫でられていた。 「話し合うというのは、とても大事なことです。私がもっと彼と話し合っていたら、きっと死なせずに済んだ。彼を殺したのは、私です。だから魂魄(これ)は、彼の痛みを知るための私の贖罪なんです」  直桜の背中に回った護の手が震えている。 「なんで、護のせいなの? 直接殺したわけじゃ、ないんだろ」 「私が得意とする術が血魔術で、彼は鬼の血に弱い人間だったからです。私と組み続ければ命を縮めると知っていても、バディを解消したくない一心で隠していました」 「そんなの!」  言わなかった相手が悪い、という言葉を飲み込んだ。  そんな風に割り切れるなら、腹に魂魄を抱えたりしない。邪魅に憑かれ犯される痛みを自ら望んだりしないだろう。

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