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第24話 大切なものを作る覚悟

 直桜は隠し持っていた呪詛の石を取り出した。 「これ、未玖が現場に残した呪詛の欠片だ。槐ですら回収できなかった。だから、残ってた。俺が、見付けて持って帰ってきた」  手を伸ばし触れようとする護から遠ざける。 「触れたら呪詛が完成する。だから護には触れさせない。なんで未玖がこんなことしたか、わかるだろ?」 「呪詛を、完成させないため。俺を、守るため」  直桜は頷き、石を握った手を目の高さに掲げた。 (本当は、もっと違うやり方をするつもりだったけど)  呪詛の石を軽く握る。掌大の石に亀裂が入った。罅割れた隙間から光が溢れる。軋む音がして、石が粉々に砕け、砂になって消えた。 「これで呪詛は完成しない。その代わり、魂魄はもう、祓うしかない。霊には戻してやれない」  直桜は護の腹に手をあてた。 「今ここで、俺が祓う。未玖の霊を殺すのは、俺だ。俺のこと、恨んで良いよ」  護の腹を強く押す。  直桜の手から、清浄な光が溢れ出す。 「直桜! 待って、待ってくださ……」 「動くな」  狼狽える護を一度だけ睨む。  目が合った瞬間、護が言葉を失い、動きを止めた。    ゆっくりと目を閉じる。  自分の手を護の腹の中に沈めていく。  体内で拍動する魂魄を包むように握った。  温かな熱と冷たい呪詛が混ざり合えずに、直桜の手の中で蠢いた。 (未玖。お前も俺のこと、恨んで良いよ。その代わり、これからは俺が護の傍にいる。嫌われても避けられても、俺が守るから)  手の中で、魂魄が一度だけ強く熱を発した。  少しだけ口元が綻ぶ。  表情を改めて、直桜は手を握り潰した。 「ぁっ……」  護が小さく声を漏らす。  魂魄の光が砕け散って、線香花火のように消えた。  ゆっくりと手を引き抜いていく。  とぷり、と指が抜けた場所に、神紋が浮かび上がった。  桜を日で縁取った紋が淡く光って、護の腹に焼刻まれた。 「ちょっと強引に祓ったから、俺の神気が護の中に流れてる。神紋はその残滓みたいなもの。嫌かもしれないけど、ごめん」  今まで直桜が未玖の魂魄を祓えずにいた理由は、未玖を霊として祓ってやりたい護の意志を尊重していたためだった。  だが、躊躇っていた最大の理由は、この神紋だった。  手順を踏まず強引に祓えば直桜の神気が体内に残る。神力に繋がれた相手には神紋が与えられ、惟神の眷族になる。 「綺麗に祓うには、俺の神気と置き換える必要があったから。神紋は眷族の証だから、俺と離れられなくなっちゃったけど」  神紋を見詰めていた護が顔を上げた。  伸びた手が直桜の両頬を叩いて挟み込んだ。  驚いて、息を飲む。 「護の気持ち、聞かずに、こんなこと、本当に、ごめん」  胸倉を掴まれて、引き寄せられる。  険しい表情の護が直桜を見上げていた。 「嫌なワケがないでしょう。私が怒っているのは、そうじゃない。どうして一人で全部、抱えようとするんですか。未玖を殺す罪まで、どうして直桜が抱え込むんですか」  護の手が、額から流れた直桜の汗を拭った。 「未玖を殺した罪まで私から奪わないでください。直桜にまでこんな想いをさせたら、私は誰の隣にもいられなくなってしまう」  辛そうな瞳が直桜を見詰める。 「ごめん……」  驚いて、それ以上言葉が出なかった。 「一緒に抱えてください。未玖を殺した罪を、私から魂魄《贖罪》を奪った罪を。こんなにも神気を消耗してまで私と未玖を救ってくれた直桜を、一生、愛させてください」  護の唇が直桜の唇に重なる。  甘やかな熱で、体が溶けそうだった。 「私の総ては貴方のものですよ、直桜。これで私を手放せなくなりましたね。後悔しませんか?」  直桜の手が無意識に護の背中を抱き締めた。 「後悔、してもいい。絶対に、手放さないよ。俺も、覚悟を決めたから」  護を繋ぎ止める覚悟は、ずっと望んでいた『普通』と決別する覚悟だ。同時に、集落での立場とは違う、13課の術者として生きる覚悟でもある。 (お前から護を奪った俺に出来る贖罪なんか、この程度だけど。お前を呪詛にした奴らへの罰は俺が与えてやるよ、未玖)  手に残る魂魄の感触を確かめるように握る。この熱を忘れないように刻みつけた。 がくん、と視界が傾き二重になった。 (やべ……、流石に神力使いすぎた。十年ものの呪詛はやっぱ重いな。でもまだ。仕上げをしないと)  瞼が重くて、眠気が一気に襲い掛かる。  これほど神気を消耗したのは久々だ。  力を振り絞って、上体を起こした。 「護が良いなら、神紋を定着させたいんだけど。一生、消えなくなるけど、いい?」  真っ直ぐに護を見下ろす。  護が嬉しそうに吹き出した。 「確認する必要、ありますか? 何があっても消えないように、しっかりお願いします」 「うん、わかった」  中途半端に起きていた護の上体をソファに押し倒す。 「じゃぁ、今から、俺に抱かれて」 「……は?」  ぽかんと開いた護の口を食みながら、舌を絡める。  白いシャツのボタンを外して、肌に指を滑らせた。 「いつもと逆だけど、たまにはいいよね。護、どっちもイケるって言ってたし」  言葉が出ない護に舌なめずりして見せる。  見る間に赤くなった顔は期待しているように見える。  無言を肯定と受け取って、半開きの唇を甘く食んだ。

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