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第28話 罠に飛び込む
八王子の現場は前の二か所とは明らかに様相が違っていた。
民家やアパートの廃墟を使って儀式を行う反魂儀呪にしては珍しく屋外だ。しかも今までの儀式跡より規模が大きい。
何より最も異なるのは、その後に視認できるほどの結界が敷かれていたことだった。
「一応確認だけど、あの結界の壁は13課が現場保管のために敷いているものじゃないんだよね?」
「違います。直桜なら視認しただけで、わかりますよね。私が気付くくらいです」
護が驚きを通り越して呆れた声を出す。
「まぁ、そうなんだけどね」
げんなりした声が自然と漏れた。
つまりこの場所だけ、他とは違う呪術が行使されていたということだ。
(この流れでいけば、神を繋ぐ鎖の儀式。神置か神封じのどちらかだ)
桜谷の集落でも、時々行われていた儀式だ。惟神に相応しい人間が現れなかった時のために、その場所に神に留まってもらうための場所を作るのが神置だ。
神封じなら文字通り、人間以外の入れ物か場所に封印する。
どちらであったとしてもあまり良い想像は出来ない。
「念のため、清人に連絡入れてくれない? この場所に枉津日神がいる可能性が高いから」
直桜の言葉に護が表情を強張らせた。
「もしいたら持ち帰るね、って伝えて」
「そんな、荷物か何かみたいに……」
スマホでメッセージを打ちながら、護が呆れる。
「俺的にもかなりの大荷物だけどね。さすがに一人の人間 に二柱の神は降ろせないからさ」
メッセージを送信し終えた護が、表情を変えた。
「現場保管用の結界も解かれています。13課もその気配には気が付くはずですが」
しかし、13課はまだ動いていない。結界が解かれたのは直桜たちがここに来る直前だと考えるのが妥当だ。
「招待状がないと、中には入れない仕様かもね」
護が内ポケットから二枚の呪符を取り出した。
「罠の気配しかしませんが、行きますか?」
「当然。ここまで来て、迷う意味がないよ。罠に掛かりに来たんだからさ」
ごくりと息を飲みこんだ護が、意を決した顔をした。
「仕方ありませんね。打ち合わせもしましたし。独断専行を咎められたら、素直に謝りましょう」
「今、清人にメッセージ送ったから、良いんじゃないの? 一応、連絡はしたってことで」
「いや、まぁ……そうですが。直桜は変なところで思い切りが良いですね」
煮え切らない護の手をぎゅっと握る。
「今更でしょ。それよりさ、もしもの時は、頼むよ。俺が暴走しないように止めてね」
不安そうな顔をした護が、自分の手を握って頷いた。
「わかっています。直桜を、信じますよ」
後頭部に手を回されて、額にキスが落ちる。
護の背が直桜より高くなっていて、少しだけ鬼化しているのだと気が付いた。
外側に張られた紙垂が掛かる縄の内側に踏み込む。
一歩踏み込んだ瞬間、空気が一変した。
その場所だけ切り取られたように張り詰めた空気の中に邪魅の気配が蠢いている。
直桜は気を尖らせ、神気で全身を覆った。
直桜の気に触れた邪魅が泡のように消えていく。邪魅の方から直桜を避けて、空間の端へと移動した。
二人が結界の壁の前に立つ。
どこにもなかった入り口が、大きく口を開いた。
「行こう」
呪符を握り締める護と共に、直桜は結界の中に入った。
中はまるで、綺麗に整理されたマンションの一室のようだった。
部屋の真ん中に二人掛けくらいのソファが一つ、その前にテーブルが設置されている。
テーブルの前に、旅行用のキャリーバックが置いてあった。キャリーバックには禍々しい呪符が張り付けてある。
「やっぱ神封じの方だったか」
呟いた直桜を守るが思い切り振り返った。
「え? まさか、あのキャリーバックに神様を封じてるんですか?」
「そうなんじゃない? 呪符が張ってあるし。気配もガンガン感じるだろ?」
「感じますけど、器って、ああいうのでいいんですか? 専用の壺とかなら知ってますけど」
「ああ、妖怪封じとかの壺のこと? まぁ、要領としては同じだけど。耐久性があれば何でもいいんだよ。それに多分、二重封印になってるっぽいし」
直桜はキャリーバックに額をあてて目を閉じた。
壁の向こうにもう一つ、膜のようなものを感じる。
直桜の背中を引っ張って護がキャリーバックから引き剥がした。
「不用意に近づいては危険です。何があるかわからないのに」
慌てる護に引っ張られて、キャリーバックから離れる。
「コレは危険じゃないと思うよ。他に危険なものがありそうだけど」
部屋の中を見回す。
ソファとテーブル、それにキャリーバック以外に物はない。
目の前のソファをじっと見つめる。
「護、呪符、ちょうだい」
言われるがまま護は二枚の呪符を直桜に手渡した。
受け取った呪符を宙に浮かせると、針を投げつける。呪符を串刺しにした針がソファに刺さった。黒い火が呪符を焼き尽くす。
闇色の炎が徐々に人の形をかたどり始めた。
色が褪せると、一人の男が浮かび上がる。
体躯が大きい男が、二人の姿を眺めて、ニタリと笑んだ。
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