33 / 69
第32話 警察庁からの呼び出し
警察庁からの呼び出しは、八張槐の一件の翌日には通知が来ていた。三日後の八月十三日、何も盆の入りに呼び出すこともないだろうと、呆れる。
(まぁ、季節の行事なんか考えていられる場合でもないのかな)
キャリーケースは呪法担当部署が解析と解呪のために押収したと聞いていたが、一向に開く気配がないらしい。
今回、直桜は解析要員として呼ばれたわけだが、帰り際に桜谷陽人の執務室に寄るように言付けられている。どちらかというと、陽人がメインなんだろうと思った。
「13課って、盆休みとかないの?」
護が運転する車の中で、ぼやく。
「基本、ありませんね。盆の頃は霊や怨霊の動きが活発化して、それに伴い、妖怪も動きが派手になりますから、どちらかというと普段より忙しいでしょうか」
きっぱり答えられて、納得しかない。
溜息交じりに下げた視線の先に、何かのカードが見えた。
ダッシュボードの上に載っていたのは、護の運転免許証だ。
「桜谷さんに会うのは、気が進みませんか?」
「まぁねぇ。槐と同じくらい、苦手なんだよね。あの二人、似てるから」
免許証を手に取り、ぼんやり眺めながら答える。
「似ていますか? あまり感じませんが」
仕事柄、護は陽人に会ったことがあるのだろう。副長官然とした桜谷陽人は恐らく、人受けの良い良識人なのだろうが。
「槐と陽人は歳が近くて幼馴染で、集落でもよく比べられてたってのも、あんだけど。なんつーか、俺に対する態度……執着が、似てるというか」
執着からくる鬱陶しさが似ている。
この感覚は直桜でないと理解できないのかもしれない。
「なるほど。少しだけ、わかった気がします。今日、よく観察しておきますね」
護があまりに真面目に答えるので、余計に気持ちがげんなりした。
ふと、免許証の誕生日欄に目が留まった。
「護、今日、誕生日なの?」
直桜の手元をちらりと横目に見て、護が納得の息を漏らす。
「言われてみれば、そうですね。免許証、車に置きっぱなしにしていましたか。直桜、それ、持っていてもらえますか」
誕生日を普通にスルーされそうになって、護の大腿に手を置いて前のめりになる。
「なんで教えてくれないワケ? つか、なんでスルーすんだよ」
じっとりした視線を送る。
ちらりと直桜を窺って、護がきょどった。
「え? 誕生日ですか? 別に教えなかった訳では。私も直桜の誕生日、知りませんし。そんなに大事ですか?」
慌てぶりが本気で、直桜はシートに座り直した。
「俺は三月三十日で、まだ先だし。てか、あんまり祝う習慣とかないの?」
「そうですね。意識していませんでした。直桜は三月ですか。名前の通り桜の季節ですね」
護が嬉しそうに微笑むので、怒るのも馬鹿らしくなった。
「帰りにさ、早く上がれたら、お祝いしよ。飯食って帰るとか。欲しいものあったらプレゼントするけど、何かないの?」
不服さが声に出てしまう。
(知ってたら準備したのに。聞かなかった俺も悪いけどさ。日頃からお世話になってるわけだから、こういう時くらいはお礼したいのに)
運転しながら護が、考える顔をする。
「そうですね……。じゃぁ、直桜が欲しいです」
「え? 俺? もうあげてるじゃん」
何を今更といった顔を向ける。
護が艶っぽい目で笑んだ。
「もう少し詳しく言いましょうか。今夜、ベッドの上で直桜を好きにしていい権利がほしいです」
世間話のように、あまりにも普通のトーンで流れてきた声に、ドキリとする。
「いいけどさ。そんなんで、いいの? てか、いつも好きにされてる気がすんだけど」
思い出すとドキドキして、真面に顔が見られない。
耳が熱い。声が震えそうになる。
「直桜が良いんです。まだまだ猫被っているので、本当の私も、そろそろ知ってほしいなと思いますし、良い機会かなと思ったので」
「あれで、猫被ってんだ……」
思わず、呟いてしまった。
車が信号で止まる。
腕が伸びてきて、直桜の顎を摑まえた。
強引に口付けられて、護の目が直桜を捉えた。
「直桜から言い出したのだから、今夜は覚悟してくださいね。寝かせませんよ」
「わかっ、た……」
護があまりに嬉しそうなので、素直に頷いてしまった。
(とんでもない約束、しちゃったかも)
後悔する一方で期待に高鳴る胸を抑えながら、護の免許証を握り締めた。
ともだちにシェアしよう!