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第59話 パフォーマンス合戦

 梛木と禍津日神が入和を始め、清人に絡み始めた辺りから、槐と楓はすっかり傍観に徹していた。 「興覚めだね。思っていたよりずっと穏やかな神様だ。期待外れだな」  楓の不満そうな呟きに、槐が小さく笑みを零した。 「こんなもんだよ、神様なんて。基本はお人好しの集まりだからね」  楓が不満そうに見上げる。その視線を、槐は困った顔で流した。 「結局、兄さんは禍津日神をどうしたいの? 俺たちの味方にはなってくれそうにないけど」 「今はね、まだ無理だよ。今回は、枉津日神の惟神のである藤埜家に引き取ってもらうまでが目的だから」  楓が顔を顰めた。 「直桜じゃなくて? じゃぁ、なんで直桜に降ろしたの?」  怪訝な顔の楓の頭を、ぽんと撫でる。 「藤埜清人に直接降ろすのは、今のままでは無理だからね。一度、直桜に降ろして可能性に気付いてもらわないとね。藤埜清人が惟神として完成するまでは、13課に育ててもらうよ」  楓が面倒そうに小さな息を吐く。 「気の長い話だね。兄さんらしいけど。結局、直桜も二柱を降ろせる器じゃなかったってことか」 「いや、降ろせるよ」  間髪入れずに言い切った槐を、楓が見上げた。 「直桜なら二柱を降ろして両方の神力を使いこなせる。あんな風に痛めつけなければ、直桜の意識が勝っていたさ。けど、そんなのは俺たちにとって、脅威でしかないだろ」  楓を見下ろす。  じっと見上げていた楓の瞳が肯定の色を示した。 「確かにね。どれだけ説得しても直桜は反魂儀呪には来てくれそうにないしね」 「直日神と枉津日神を降ろすのは直桜でも流石に無理だった。13課の連中には、そんな風に思わせておけばいい。本人すら、自分の可能性にはまだ気が付いていないんだからね」 「兄さんは直桜のこと、かなり高く評価しているんだね」  少しむくれた様子で楓が目を逸らす。  年の離れた父親違いの弟は、普段はポーカーフェイスを決め込んでいるのに、自分の前ではかなり素直だ。  それがとても愛おしくて不憫に映る。 「楓のことも評価しているよ。呪禁師(じゅごんし)としても傀儡師としても、かなり優秀だよ。直桜にだって負けないポテンシャルだと思っているよ」  楓が俯いて押し黙る。  嬉しい反面、そこまでの実力が自分に無いことを悟っているのだろう。  年若い弟も直桜と同じように、自分の可能性に気が付いていない逸材の一人だ。  今は特に、枉津日神の惟神を期待されながら成し得なかった自分自身を評価できずにいるのだろう。  どれだけ才能がある器を用意して儀式の形を整えようと、何の訓練もなく神を降ろせるほど惟神という存在が容易でない事実は、集落出身の槐くらいしか理解できない。 「楓は俺がちゃんと育ててあげるから、心配ないよ。立派な巫子様になれるよう、鍛えてあげるよ」 「うん、兄さんのこと、信じてる」  頷く楓の頭を撫でる。  槐は洞窟の中に目を向けた。多くの術師が周囲を固めている気配がする。しかし、いずれも雑魚だ。槐なら、全員を一瞬で殺せる。  だが、今回は本物の神様を始め、武闘派のそこそこ使える剣士も来ている。気配から察するに、瀬織津姫神の惟神である水瀬律もどこかに潜んでいるだろう。   (とりあえず、禍津日神を動かさないと、最後のパフォーマンスに持っていけないか) 「湊、悪いんだけど、あそこでじゃれてる神様か、できれば人間の方、殺さない程度に刺してきてくれない?」  地面で転がる清人と禍津日神を指さす。  潜んでいた一倉湊が、ひょっこり顔を出した。 「いいけどよ、旦那。これ、最後まで巧くいくのかい? 敵さん、増えてきたけど、実際、どんくらいまで殺していいの?」 「禍津日神と藤埜清人、直桜と護は殺しちゃダメ。他は良いよって言っても、見分けつかないだろ? とりあえず殺さない方向で」 「まぁ、そうね。殺さない程度にね。あの清人って奴を、とりあえずは刺すのね、ハイハイ」 「禍津日神の怒りを煽りたいだけだから、殺しちゃダメだよ。清人は数年後、完成したら反魂儀呪に迎える予定なんだから」 「へぇ、あのチャラそうなのウチにくるの? んじゃ、丁寧に刺さねぇとな」  刀を携えて、湊が気配を消した。  流れるような足運びで清人に突進していく。 「ねぇ、私はぁ? 暇なんですけど」 「楊貴は待機ね。そのうちたくさん動き出すから、待っててね」  ぶぅたれる仁科楊貴に楓が笑みを向ける。  頬を赤らめて、楊貴が頷いた。 「さぁ、最後の仕上げといこう。とびきり派手にしたいねぇ。楓、雑魚神様の荒魂、煽れるかぃ?」 「出来るよ。禍津日神の怒りを煽って、どうするの?」 「護に直桜を殺してもらうんだよ、面白いだろ?」  楓が眉間に皺を寄せた。 「化野さんに? 無理じゃない? 何があっても絶対に殺さなそう」 「いや、やるよ。あそこまで直桜が弱った状態じゃ、一度殺さないと禍津日神の真名は封じられない。嫌でも、やるしかないのさ。護、泣いちゃうかな」 「本当に死ぬわけじゃないんでしょ? どうせ死なないんだから殺すって訳じゃないよね」 「いいや、一度本当に殺すのさ。たとえ生き返ったとしてもね。自分の手が愛しい人の命を、一瞬でも奪うんだよ。罪深いね」  思わず漏れる笑みを飲み込む。  肉を裂く感覚、冷たくなっていく体の感触、生気が消えていく顔。生き物が死にゆく覚は記憶に強く刻まれる。 「目に見えないトラウマが一つでも多く護の脳に刻まれるのは、やっぱり楽しいな」  そういうものを総て受け止めて捨てられない真面目で不器用な護を、槐は今でも愛おしいと思う。 「好きな子は虐めたくなるって、本当だね」  笑いを噛み殺す。  これから目の前で起こる出来事を想い、期待に胸を膨らませた。

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