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第11話
「……あれ? お前の分は?」
ふと、運ばれてきた食事は一人前だと気付く。目の前にはホカホカのご飯にハンバーグとソースとサラダ、目玉焼きが乗っていてとても美味しそうだ。
「俺?」
聞かれた友嗣は意外だとでもいうように、首を傾げる。駿太郎はこの状況で一人だけ食事をするとは思っていなかったので、どうして自分の分だけなのかと聞いた。
すると友嗣は笑いながら言う。
「シュンに食べて欲しくて」
「……」
駿太郎は開いた口が塞がらなかった。そうだとしても、一人分だけ作る意味がわからないし、一緒に食べたらいいだろ、と言う。すると彼はまた嬉しそうに笑うのだ。
「美味しいよ? あーんしてあげようか?」
「いい!」
なんのプレイだ、と慌ててスプーンを取ると、友嗣は目を細めて駿太郎の頭を撫でる。駿太郎はその手を払うと、ハンバーグをひと口大に切ってご飯と一緒に掬い、友嗣の前に突き出した。
「自分だけ食べるのは居心地が悪い。お前も食え」
やっぱり、何を考えているのかわからないけれど、駿太郎は友嗣を嫌いきれないのだ。そしてそういう態度を見せると、友嗣は本当に嬉しそうに笑う。
(懐かれたってのは、本当らしい)
ぱくりとスプーンに食いつく彼は、ニコニコ笑いながら咀嚼している。それがなんとなく小さい頃の弟のように見えて、肩の力が抜けた。どうやら身構えているのは、駿太郎だけのようだ。一人だけガミガミしても疲れるだけだし、いっそ弟のように扱えばいいか、と開き直る。
「……美味いか?」
「うん。シュンも食べて?」
ウキウキを隠さない友嗣は目をキラキラさせてこちらを見ている。本当に、昨日までの胡散臭い笑みはなんだったのだろう、と思う。
駿太郎はハンバーグと目玉焼きを切って口に運んだ。
友嗣の料理は、連日【ピーノ】で外食しても飽きないほど美味い。だからこれも美味いのだろうと予想はついた。 案の定、卵白のぷりぷり食感とハンバーグの肉の甘み、グレイビーソースの塩気が口の中に広がって、一気に唾液が出る。
「え、何これ美味い……」
思わずそう呟くと、残りもどうぞと言われたので、駿太郎は具材とご飯をそれぞれ半分に分けた。
「一緒に。美味いから独り占めしたくない」
そう言って皿とスプーンを友嗣に差し出す。すると彼は、驚いたように目を見開いた。そして今まで見たことがない、屈託ない笑顔を見せたのだ。
「シュンが全部食べてよ」
「いや、だってお前、何も食ってないだろ」
食え、と再び皿を突き出すと、その手を取られて引き寄せられた。完全に不意打ちだった駿太郎は、友嗣の唇をそのまま受け入れてしまう。
ちゅ、と音を立てた友嗣は、満足そうに笑った。キス一つでこんなに嬉しそうにする友嗣に、なぜか駿太郎の心臓は跳ねる。
「……やっぱりシュンは特別だ」
「なんで? 何もしてない……」
そうだったこいつは節操なしだった、と落ち着かない心臓を宥めるために思い出す。ちょっと一瞬――本当に一瞬、友嗣がかわいいと思った自分を脳内で叩く。
「うん。姉ちゃんみたい」
「……」
笑ってそう言う友嗣に、駿太郎は脳内で「前言撤回!」と叫んだ。確かに彼の言動は弟気質だなと思うものの、姉に例えられて喜ぶ成人男性がどこにいるだろうか。
とりあえず食べろ、と皿とスプーンを渡すと、これまた嬉しそうに友嗣は受け取る。そして美味しそうに頬張るので、やっぱり駿太郎は肩の力が抜けるのだ。
(肩肘張らない……こういう関係もありなのか?)
居心地が良いという言い方が、合っているのかわからない。けれど、友嗣は確実に今までの恋人とは違う。少なくとも、昨晩あれだけ乱れた姿を見せても、引かなかった相手は初めてだ。
「半分食べたよ。シュンもどうぞ」
満足気に皿を渡してくる友嗣。将吾が聞かせてくれた話でも、友嗣はいつも追い出されてお付き合いが終わるんだったな、と思い出す。
(イケメンで、料理が上手くて……)
多少言動が子供っぽいところはあるけれど、世話好きならハマる人は多いだろう。バイで節操なしというところを除けば。
(いやいやいや、そここそが俺の譲れないところだろ)
だから元恋人に浮気されたとき、自分でも驚く行動をした自覚はある。そのおかげで性指向が周りにバレたし、それに懲りてルーティンを崩さず大人しく過ごしていた。
(……まだ、裏切られるのが怖いんだな)
しかも友嗣は引く手あまたの上に節操なしだ。本気で付き合ったら痛い目を見るのは明らか。でも、身体の相性はこれ以上なく良い。
「……シュン?」
「ん? ああ悪い、いただきます」
食べ始めるのを待っていた友嗣は、考えごとをしていた駿太郎に気付いたらしい。小首を傾げてこちらを見ている。やはり弟のように見えてしまうな、と内心苦笑した。
こうして、友嗣の良いところがほんの少し見つかったところで、その日は友嗣を仕事に見送る。昼から買い物や家事をし、ふと、晩ご飯をどうするかと考えた。
「……」
【ピーノ】に行ってもいいけれど、多分友嗣は先程のことも将吾に話しているだろう。からかわれるのがオチなので、今日はやめておこう、と決めた時だった。
スマホが通話の着信を知らせる。画面を見るとまた光次郎だ。
今朝も話したのに、とうんざりしてため息をつき、通話に応答する。すると真っ先に聞こえてきたのはため息だった。
『兄さん、俺だけど』
「何? さっき話したばっかりだろ?」
『親戚への挨拶回り、今回は大晦日にしてくれって本家から』
「え、なんで?」
ただでさえ気が重い挨拶回りなのだ、早く終わるならそれで良いと思った。けれど、三が日ではなく大晦日というのは、今までにない。一体どうしてだろうと尋ねると、呆れたように光次郎はまた、ため息をついた。
『本家の絹代 ちゃん、元日に結婚相手の家と祝賀パーティーだと』
彼の言葉を聞いて、ドキリとする。本家の絹代は駿太郎より一つ下だ。なんとか三十前に、と本家の人たちは息巻いていたので、喜びもひとしおだろう。けれど歳下の彼女が結婚すると決まったら、「次は誰だ?」「駿太郎はまだか?」と質問攻めに遭うのは目に見えている。
『兄さん、遊んでる場合じゃないんだぞ。父さん母さんを悲しませてもいいのか?』
「お、お前だって……」
『兄さんより先に結婚するなって言われてるのに?』
そんな意見、聞かなくていい、と喉まで出かかった。
光次郎は何よりも両親を大切にしている。周りの意見を聞いておくことで、両親が矢面に立たされるのを避けているのがわかるから、駿太郎は何も言えない。
そして、長男なのに実家の両親を弟に任せ、気ままに一人暮らしをしている兄には、光次郎も文句は言いたくなるだろう、と思うのだ。
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