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第10話

 どうやら友嗣の中では将吾が絶対的な存在で、その将吾が言うから、言うことを聞いているにすぎない、と理解する。 「だから、俺と付き合ってよシュン」 「ああ、それで……」  今の着替えも「大事にする」の一環だったのか、と駿太郎は納得する。――納得はするが理解はできない。どうして自分と友嗣のことなのに、将吾が出てくるのか。そしてそれを素直に聞いて実行する友嗣の思惑……真意……とにかく、何を考えているのかわからないのだ。 (表情からは感情が見えるようになったけど)  やっぱり彼は胡散臭い。一回試してみて出た駿太郎の答えはこれだった。人に言われて向けるような善意なら、いっそないほうが良い。 「シュン?」 「……お前は、人に言われたから優しくするのか?」  自分でも、驚くくらい冷えた声が出た。けれど友嗣は笑みを深くする。 「シュンは特別だよ?」  何が悪いの? と言わんばかりの態度に、駿太郎は顔を顰めた。何か根本的なものが違う気がしたけれど、ため息一つで流すことにする。 「仮の恋人は解消だ。ただ、ウチに泊まるのは許してやる。だから早くほかの相手を見つけてくれ」 「……俺はシュンがいいな」  友嗣から返ってきた言葉に思わず彼を睨んだ。恋人になる余地もない相手に、どうしてそんなセリフを言えるのか。 「そんなこと言わなくても、次が見つかるまで追い出さねぇよ」  所詮、友嗣にとって駿太郎は、寝泊まりする家の家主。それ以上でもそれ以下でもない。そうとわかれば、お付き合いするのも、好きになる努力をすることも、無駄だ。  駿太郎は話は終わりだと友嗣から離れる。しかし腕を取られて引き戻された。 「ちょ……っ」  そして次の瞬間には、友嗣の薄い唇で唇を塞がれている。途端に身体の中から抗いがたい欲望が、一気に噴き出してきた。 「やめろ……っ」 「シュン、セックス好きでしょ?」  友嗣の胸を押し、離れようとするけれど、彼は駿太郎の腕を掴んだまま離さない。こんな流れで、しかも自分より性にだらしがない奴に、言われたくなかった。 「……っ、こういうのは、二年前に懲りたんだよ!」  駿太郎はそう叫ぶ。けれどまた友嗣の顔が近付いてきたので避けると、身体を反転させられ後ろからがっちりと捕らえられてしまった。  気配で彼の顔が首筋に近付いたのを感じ、身を捩る。すると、強く股間を掴まれて悲鳴を上げそうになった。 「あー、……ふふ。知ってるよー、シュンが将吾に話してたとき、もちろん俺もいたからね」  かわいい、一途だったのに浮気されちゃって、と友嗣は耳元で囁いてくる。 「知ってるなら! 俺がバイは嫌いだってわかってるだろ!」  同性しか好きになれない駿太郎にとって、女性も抱ける男は敵だ。するとまた股間を強く握られ、痛みに呻く。 (コイツ……っ!)  掴みどころのないキャラだったのに、ここにきてそれが見せかけだったのだと知った。下半身が緩いのは事実だろうが、頭も緩いという駿太郎の見解は、まったく外れていることに気付く。しかもこのわずかな会話の間に、友嗣の股間は熱をもっていたのだ。 「なっ、なんで勃って……っ?」 「あ、ごめん。嫌がられると燃えるんだよねー」  駿太郎はひゅっと息を飲む。昨晩にはすでにその兆候が見えていたのに、快楽に思考をすべて流されてしまった自分を恨んだ。 「あ、でも。シュンは特別だから」  気持ちいいことしかしないよ。彼は笑ってそう言う。  まずい、早くコイツから離れないと。そう思うのに、昨晩と同じくクラクラする快楽に、駿太郎はのまれていった。  本当に、どうして将吾はこんな奴なんかと。  次第に大きくなる呼吸を必死で抑えながら、駿太郎は呆気なく果てた。 ◇◇ 「……」  数時間後、駿太郎は自宅のソファーから、キッチンに立つ友嗣を見つめていた。  彼はホテルを出る頃から非常に上機嫌で、今も鼻歌を歌いながら目玉焼きを焼いている。  ――シュンは座ってて。俺がブランチを作るから。  そう言われて大人しくソファーにいるけれど、あんな濃厚な情事のあとでは、これは夢なのでは、と疑いたくなるほどだ。……試しに自分の頬を摘んでみる。痛い。  はあ、と大きくため息をつく。  本当に、身体の相性は良いようだ。駿太郎があそこまで感じたのは初めてだったし、自画自賛するだけあって、友嗣は上手かった。 「……」  危うく思い出しそうになり、駿太郎は目を伏せ、熱くなりかけた顔を冷ます。  確かに、一夜限りにするにはもったいないくらいだ。おまけに顔もいい。しかしそれ以上に何を考えているのかわからないから、やはり付き合うには難がある。友嗣が過去の恋人と長続きしない理由が、なんとなくわかってきた。  ――なにを考えているのかわからない。これに尽きる、と。  すると、スマホが震える。見ると返事を待っていた人で、駿太郎はすぐにメッセージを開いた。 【すごいな。友嗣がシュンに心を許してる証拠じゃないか。この調子で……】 「ふざけんな……っ」  途中まで読んで、スマホの画面をオフにする。この場にいない、ニヤニヤした笑いを浮かべる将吾が浮かんで、駿太郎は何もない空間を睨んだ。  大体、人を特別と堂々と言ってしまう奴が、まともなわけないのだ。なぜなら、特別じゃない人には、どう接してもいいという思考を孕んでいる気がするから。そんな特別なら駿太郎は要らない、と思う。  すると、すぐにまた着信がある。なんだよ、とイライラしながら画面を開くと、やはり将吾からだ。 【いやマジで。これで俺も仕事に集中できる。よろしくなー】  今度は最後までメッセージを読んで、がっくりと項垂れた。  駿太郎は将吾に、昨晩から今朝のことをメッセージで伝えて、どうして自分と合うと思ったのかと詰め寄ったのだ。しかし将吾の返答は今見た通り。駿太郎は彼のメッセージを「懐かれたなら面倒見てくれよろしく」と捉えた。つまりは、面倒見役を押し付けられたのだ。やっぱりな、という感情と、なんで自分なんだ、という感情が混ざって、思わず今度はキッチンの友嗣を睨んでしまう。 「ん? どうしたの? 顔怖いよシュン」  視線に気付いた友嗣は、やはりニコニコしながらトレーに載せた皿を持ってきた。どうやらブランチができあがったらしい。  彼はトレーをローテーブルに置くと、その流れで顔を近付けてくる。駿太郎は咄嗟にその顔を掴んで離した。 「やめろ」 「えー? キスもダメなの?」 「ダメ」  友嗣はずっとこんな感じだ。しかも昨日まで見せていた感情を乗せない笑顔ではなく、本気で嬉しそうにしているから訳がわからない。 (なんなんだ、本当に……)  ホテルでの一件で、友嗣の中で何かしらの変化があったのは確かだ。けれどそれがなんなのか、皆目見当もつかないから気持ち悪い。

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