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第14話
そして年の瀬、大晦日。通年の挨拶とは違い、今回は結婚する絹代へのお祝いの言葉も用意し、家族で本家に向かった。
本家はそれこそ親戚中が集まることができるほど広いので、宴会場のような客間に用意された料理をいただきながら、という形だ。もちろんこれらは絹代をはじめ、親戚中の女性が休む間もなく動いて、料理やビールを切らさないようにしている。
駿太郎はさっさと一通り挨拶とお酌を済ませ、部屋の隅を陣取った。会話は農協についてや政策、政治家先生の話などで、入っていけないのはいつものことだ。そう思うと、父や光次郎は違和感なく会話に混ざっているから、すごいなと尊敬する。
「やあやあ久しぶりだね」
すると、ビール瓶を持った従兄弟が隣に来た。従兄弟といっても歳が離れているので、おじさんと呼ぶ方がしっくりくるような人だ。彼は駿太郎が持ったグラスにビールを注ぐと、お返しに駿太郎も彼にビールをつぐ。
「駿太郎くん、太ったけどストレス?」
顔を寄せ、小声でそんなことを言ってきたのでギョッとして従兄弟を見ると、彼は眉を下げて続けた。
「よければ良い医者を紹介しようか? ……ほら、受験に失敗してから失敗続きなんだろ?」
ストレス溜めるとよくないよ、と従兄弟は言う。余計なお世話だ、と無視を決め込むと、彼はさらに続けた。
「それに、浮いた話もないみたいじゃないか。医 者 に 相 談 し た ら 、その辺の考えも治るかもよ?」
駿太郎は思わず彼を睨んだ。コイツは、こちらを心配する素振りで自分をバカにしてきている。一体どこから駿太郎の性指向がバレたのか。
考えられるのは駿太郎の家族、三人しかいない。しかしいまは、それが誰かを特定している場合じゃない。はなからこちらを嘲笑うためにきたな、と嫌悪感を露わにする。
駿太郎の視線に、従兄弟は目を細めて笑った。こちらが思い通りに怒ったことが嬉しいのだろう。
だっておかしいじゃないか、と彼は声のボリュームを上げた。
「三十にもなって女に興味がないなんて、何かの病気に決まってる。治療が必要だろ?」
みんなどうしてコイツを放っておく? と従兄弟は辺りを見回す。その瞬間しんとなった部屋。凍りついた空気と視線に耐えきれなくなって、駿太郎は彼を睨 めつけたまま、口を開いた。
「今どき、そんな化石みたいな思考で生きてるんですか? こんな、受験に失敗して何もかも平均のただのゲイなんて放っておけば良いのに、わざわざ絡みに来て……何をそんなに警戒してるんです?」
極力冷静に返すと、相手は駿太郎が言い返すとは思っていなかったのか、狼狽えたように目を泳がせた。ゲイとして生きると決めた自分に、そんな小言で勝てると思ったのだろうか。
よし、と駿太郎は立ち上がる。驚いたような顔の光次郎が見えたけれど、いいチャンスだ、と腹に力を込めて声を出した。
もう、打算と腹の探り合いで本家の言いなりな風習には、ついていきたくない。
「いい機会なので。こういうふうに、センシティブな問題をネタに、人を貶めようとする人とはいたくありません。……ここにはもう来ないので」
一気にそう言うと、コートを掴んで客間を出た。誰かにぶつかりそうになり足を止めると、料理を持った絹代だったので駿太郎は微笑む。
彼女に罪はない。だから言うべきことは言っておかないと。
「絹代ちゃん、結婚おめでとう。場を乱してごめんね」
「……えっ? シュンちゃん!?」
彼女の反応も待たず足を進めると、慌てたような声が後ろから聞こえた。けれど駿太郎は振り返らず、長い廊下を抜けて玄関から外へ飛び出す。
外へ出ると、どこまでも広がる青い空があった。自分が決めた道なのに、小さなことで傷付いた自分が情けなく、すぐに息を詰めて歩き出す。
田舎だけれど、車や、公共交通機関を使うという頭は、この時の駿太郎にはなかった。心頭滅却し、ただひたすら一定のリズムで足を動かし歩く。こうしていれば、いま破裂しそうなほど大きく動いている心臓は、歩いているせいだと勘違いするかもしれない、そう思った。
「……っ」
まだ、女性を紹介された方がましだと思った。病気だから治せと、面と向かって言う神経を疑ったけれど、毎回あんなふうに針のむしろにされるのは勘弁だ。
(ゲイとして生きると決めたのは自分。こうなることもわかっていたじゃないか)
腹を括っていたとしても、傷付かない訳じゃない。両親と光次郎には悪いことをしたな、と少し落ち着いてきた頭で反省する。
(フォローは……あの人たちはしないだろうけど、これで無理して付き合わなくて済む)
そう考えたら清々したじゃないか、と歩みを緩めて深呼吸をした。ようやく辺りを見回すと、冬だな、と思うほど寒々しい畑が広がっている。
「……帰ったら、光次郎に小言言われまくるんだろうなぁ……」
なんのつもりだ、と目尻を釣り上げて詰め寄ってくる弟の姿が想像できる。今回の挨拶のメインであった絹代にも、迷惑をかけた自覚があるから、黙って説教は受けよう、なんて考えた。
「でも、間違ったことは言ってないぞ、俺は」
やり方には工夫が必要だったかもしれないけれど、あれは反論していいやつだ。昔、弟がいじめられていた時も、拳では勝てないけれど口では勝てた。そんな自分を、目をキラキラさせて見ていた光次郎の姿は、今は見る影もない。
「……俺の方が弟に間違われるしな」
乾いた笑い声を上げると、田んぼにいたカラスが「かぁ」と鳴いた。
自分がゲイであることで、家族に混乱を招いていることは重々承知している。だからといって自分にも、他人にも嘘をつくのは嫌だ。
(俺が……離れるだけじゃ問題はなくならないのか?)
よかれと思って外に出たものの、光次郎はことあるごとに連絡を寄越すし、いくら放っておけ、自分の将来だけ考えろと言っても聞かない。
――駿太郎が帰省したくない一番の理由が、光次郎だと彼自身は気付いているのだろうか?
「……光次郎は、俺に長男として、いて欲しいだけなんだろうな」
じゃなきゃ、実家に戻れだの両親に孝行してやれだの、言うはずがない。
「……はぁ」
どうしたものか、とため息をつく。結局、友嗣もだが光次郎も、駿太郎は嫌いきれないのだ。
自分のこういう甘いところが、相手につけ込まれるところなのかもな、とまたため息をつくと、カラスがまた「かぁ」と鳴いた。
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