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第15話

 しかし不思議なことに、その後実家に帰っても、両親たちが帰ってきても、今日のことは咎められなかった。それどころか、話題にすることすら避けているように感じて、駿太郎は居心地が悪くなる。これは早く帰った方がいいと判断し、両親にそれとなく言ってみるけれど、「三日までいるって聞いたから、食事も用意してある」と言われ、帰るに帰れなくなってしまった。  仕方なく実家で過ごし、一月二日の夕方。やることもないのでふと、友嗣に電話をしてみようと思った。元日と今日一日、初詣やら買い出しやらに付き合ったから、もう役目は果たしただろう、と思ったからだ。 「……あれ?」  しかし、いくら待っても電話に出る気配がない。タイミングが悪かったのかな、と思って時間を置いてかけてみるけれど、やはり出ない。  ――どくん、と心臓が高鳴った。まさかやっぱり、自分に向けた笑顔や言葉は嘘で、どこかでほかの人と寝てるんじゃ……そんな考えがよぎる。 (まて、おちつけ。……友嗣とはまだ浅い関係だ、そんなに傷付く必要ない)  たまたま忙しいのかもしれない、と思いつつも、三が日は仕事が休みだから時間はあるはず、と余計なことを考えてしまう。確認が取れなくてヤキモキするのは案外ストレスで、駿太郎の一番嫌いな時間だ。 (無駄な心配ならしないほうがいい)  そう思って、二年前もそうやって言い聞かせていた。けれど、結果的に裏切られていたことを考えると不安ばかりが募る。 「そうだ、将吾サンなら何か知ってるかも……」  握っていたスマホを持ち直し、将吾に電話をかけてみる。すぐに出た彼は「あけましておめでとう」と明るい声で言った。 「あ、そうだった。あけましておめでとうございます」  不安に駆られて新年という事実すら忘れていた駿太郎は、挨拶を返す。そうだったってなんだよ、と笑う将吾。どうした? と聞いてくれたので駿太郎は話してみる。 「友嗣、将吾サンと一緒だったり……しませんか?」 『友嗣? ……シュンと一緒じゃないんだ?』 「ええ。実家に帰らなきゃいけなくて……」 『ああなるほど。オッケー心配ないよ、俺に任せとけ』  将吾はそう言うと、ガサゴソと動く音が聞こえた。何をしているのだろう、と思うけれど、それよりも友嗣の今の状況だ。 「え、いや任せとけって……ただ話ができればと思って電話したんですけど……」 『多分寝てるわ。起こしに行くけどアイツ、寝起きすげぇ悪いから』  そんな話、聞いたことがない、と駿太郎は驚く。同棲して数日間しか経っていないけれど、そんな素振りはまったくなかった。 「起こしに行くって……俺んちですか?」 『そうそう。ついでにそろそろ夕飯の時間だろ? 外に引っ張り出してやろうと思って』  朗らかな将吾の声色とは裏腹に、何か慌てたように素早く動いている音がする。その矛盾に違和感を覚え、駿太郎は思わず声を上げた。 「ちょっと待ってください。なんか慌ててません?」 『ん? あはは、やだなぁシュン。俺裸だったんだよ』  外に出るには着替えなきゃだろ? と言われ、それもそうかと思う。しかし、スマホからはすでに玄関のドアを開けているような音がした。そんなに慌ててどうしたのだろう? 『とにかく、友嗣は俺が捕まえておくから安心しろ』  じゃあな、と言って将吾は一方的に通話を切る。まだ聞きたいことがあった駿太郎は声を上げるも、次に聞こえたのは通話が切れた音だった。 「……」  何か隠している? 通話を終えた駿太郎が思ったのはそんな感想だった。寝ているなら起きるまで寝かせておけばいいだろうから、あんなに慌てて外へ出る必要はない。 (それとも、寝てる、は何かの比喩なのか?)  何か別のことをしている友嗣を、寝ていると表現したならば、彼は一体何をしているのだろう? (やっぱりほかの人と寝てるんじゃ……。いや、将吾サンは俺んちに行くって言ってた)  さすがに駿太郎の家に誰かを連れ込むことはしないと思う。けれどこの、焦りにも似た不安をどうにかしたくて、駿太郎は部屋から出た。 (俺の悪い癖だ)  世話焼きの気質があるものの、それは自分の自信のなさからくる気持ちだ。家族や親戚の期待に応えられないぶん、いい人であろうと、心の深いところで思っている。だから、友嗣に何かあったならなんとかしてあげたい。そう思ってしまう。  これでも、幾分良くなったほうだと思う。本当は甘えたがりだけれど、自分のそれは依存的だと気付いたのも二年前。とにかく自己肯定感を高めないと自滅する、と様々な文献を漁って、不安と自信のなさに向き合う練習をした。けれど……。 「友嗣は……なんか放っておいたらいけない気がする」  自分の不安とは別で、あのいつも動じなさそうな将吾が、すぐに動いたことが引っかかる。大丈夫だと言いながら慌ただしかった彼の様子に、ただならぬことが起きてるのでは、と思ってしまうのだ。 (思い過ごしならそれでいい)  駿太郎は階下に下りると、居間にいた両親に話しかける。 「ごめん、明日の予定だったけど、今日もう帰っていい?」  振り返った二人は驚いたようにこちらを見ていた。口を開きかけたのは母だったが、何かを躊躇ったようにまた口を閉じる。そして彼女は父を見た。駿太郎もつられて父を見ると、彼は座ったまま、真っ直ぐ駿太郎を見上げる。 「もう、無理して帰ってこなくていい」 「……っ、あなた……!」  多分母は駿太郎を突き放したと思ったのだろう。咎めるように見たけれど、父はそうじゃない、と続けた。 「大事な人がいるなら、そばにいなさい」  まだ俺たちには、受け入れるための時間が必要だ、と視線をテレビに戻した父。てっきり大晦日のことも、否定的に感じているのかと思っていたけれど、駿太郎がハッキリ言ったことで、本気だと感じてくれたらしい。  ――胸がぶわっと熱くなった。駿太郎の性指向がなんとなくバレてから、その手の話は避けていたし、親子なのによそよそしくなっていたのは事実だ。けれど、彼らなりに駿太郎を受け入れようとしていると知って、目頭が熱くなる。 「ごめん、ありがとう。……また来る」  短い言葉でそれだけ言って、駿太郎は踵を返した。荷物を手早くまとめ、すでに暗くなっている外へと飛び出す。  杞憂ならそれでいい。  そう心の中で唱えながら、駿太郎は自宅に向かった。

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