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第16話
駿太郎が家に帰ると、中は冷えきっていた。
ここに来るまでに友嗣と将吾に帰ることを連絡したが、どちらからも返信はない。
とりあえず荷物を下ろして、水でも飲もうと冷蔵庫を開ける。急いで帰ってきたので身体は熱いし、喉が乾いたと思ってふと違和感に気付いた。
友嗣が食べると思って買っておいた食材が、少しも減っていなかったのだ。
(外で食べた? でも、軽く食べられるものすら減ってない)
そして、この家に帰ってきた時に、家が冷えていたのも思い出す。駿太郎が実家に帰っている間、友嗣はこの家にいると言っていた。なのに、人がいた気配すらないのだ。
「……家にいるって言ったじゃねぇか。どこ行った?」
一人文句を言うと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し飲む。火照った身体が少し落ち着いたところで、スマホが震えた。
『あ、シュン。悪ぃ、今友嗣にメシ食わせてた』
「ああ将吾サン……友嗣は?」
食わせていた、とはどういうことだろう、と駿太郎は思う。子供じゃあるまいし、と思いかけてとあることを思い出し、まさか、と呟いた。
友嗣は駿太郎の家の暖房すら、言わないと使わなかったのだ。休み前に食べたロコモコも、駿太郎が食えと言ったから食べた。
本当にまさかと思う。しかし、まったく減っていない自宅の食料がその答えだと感じた。けれど駿太郎の許可がないと食事すらしないなんて、誰が考えるだろうか。
『ああ心配ない。けど、ちょっと迎えに来てくれるか?』
「ええ、もちろん」
今までも、友嗣の言動に違和感を覚えたことは何度もあった。ただ単に友嗣がボーッとしている……性格的なものだと思っていたけれど。
駿太郎は将吾の自宅だという住所を聞き、すぐに家を出る。
(……嫌な予感しかしない)
妙な焦燥感で胸騒ぎがした。こんな思い、二度としたくないと思っていたから、友嗣と付き合うことを躊躇っていたのに。
駿太郎は大通りに出るとタクシーを拾う。将吾の家は意外にも、この地域で有名な高級住宅街の中にあった。どっしりとした一軒家の佇まいに圧倒されていると、上から声をかけられる。
「おーいシュン、こっちこっち」
ガレージ横の階段を上った先に、将吾がいた。将吾はトレーナーにジーパンというラフな服装で、とてもこんなところに住んでいるとは思えない格好だ。
(いや、本当の金持ちはそれを匂わせないって言うし……)
そう思いかけて、今は友嗣のことだ、と意識を切り替え階段を上る。意外と玄関と内装はシンプルだったけれど、使われている石は見せかけではなく本物らしいと気付き、歩くのも申し訳なくなった。
「ん? どうした?」
「いえっ。人は見かけによらないなと……」
思わず本音を漏らすと、将吾は声を上げて笑い、「お前のそういうとこ好きだわー」と奥へと進む。傷一つないクリーム色の床は、鏡のように人影を映し、白い壁には所々に生花が飾られていた。全部将吾がメンテナンスやお世話をしているのかと思ったけれど、そもそもこれだけの家を持てるのだから、お手伝いさんくらいはいそうだ、と勝手に解決する。
(そういえば俺、将吾サンが何をやってる人なのか知らないな)
いつも【ピーノ】にいるけれど、仕事もプライベートも謎のままだ。そんな人によく身の上話をしたな、と二年前の自分に突っ込む。
将吾に付いてリビングに入ると、そこは本家の客間より広い部屋だった。家具家電は落ち着いた色で統一されていて、将吾のセンスは自分の好みと合うな、なんて思う。
「友嗣、シュンが迎えに来てくれたぞ」
友嗣はソファーで寝ていたようだ。むくりと起き上がり、駿太郎を見るなりふにゃりと笑う。
「シュン……おかえり〜」
なぜかその力が抜けた笑顔を見たら、抱きしめたくなった。無言で近付き、座った友嗣に立ったまま、そっと背中に腕を回す。
「ん? ……あはは、あったかい」
駿太郎のお腹に擦り寄り、腰に腕を回した友嗣。心配したと駿太郎が呟くと、彼は嬉しそうに笑った。
「時々、メシ食うの忘れるんだよコイツ」
将吾の言葉に、忘れるというレベルかな、と思った駿太郎だが、ぎゅうぎゅうと抱きついてくる友嗣は元気そうだ。心配ないのはそれでわかったけれど、なぜ生きる上で大事な食事を忘れるのか。そちらのほうが気になる。
でも、すりすりと心地良さげに顔を押し付けてくる友嗣に、今はいいか、と彼の頭を撫でた。胸が温かいもので満たされ、駿太郎は彼を抱きしめる。この気持ちを言葉にするなら、弟みたいなこの人に優しくしたい。そんな感情だ。
「時々電池切れちゃうんだよな。シュンが帰ってきてくれて良かったよ」
ホッとしたように呟いた将吾は、穏やかに笑っていた。その表情だけで、彼が本当にこの光景を望んでいたことがわかる。
「将吾サン……」
彼は友嗣がこうなることを知っていたのだろう。どうしてそれを先に言ってくれないのか、と彼を見ると、察したように将吾は眉を下げた。
「悪い。最初に言えば友嗣を受け入れてもらえないと思って」
「そりゃあ……そうですよ……」
最初からすでに、押し付けられたと思っていたのだ。こんなことになるなら尚更、駿太郎は友嗣を拒んだだろう。
「とりあえず友嗣の腹は満たされたみたいだし、帰りな?」
将吾に促され、駿太郎は頷く。まだ腰に抱きついている友嗣の背中を軽く叩くと、彼は素直に離れてくれた。
正直まだ、好意としてはすごく浅いのかもしれない。バイで節操なしという駿太郎の地雷も変わらない。けれど、懐いた友嗣は素直でかわいいから、こんな関係でもいいかな、なんて思う。
「あ、そういや」
ふと、あることに気付いて駿太郎は声を上げる。新年を迎えたのに、友嗣とは挨拶をしていないな、と思ったのだ。
「友嗣、あけましておめでとう」
今年もよろしくな、と言うと、友嗣はグリグリと頭を押し付けてきた。駿太郎はくすぐたくて笑う。
「うん……!」
心底嬉しそうな、感嘆したような声が聞こえて、胸が熱くなった。
悪くない、と駿太郎も笑った。
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