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第35話

 そのあと、光次郎は駿太郎に、定期的に遊びに来る許可を半ば強引に取り、帰っていく。静かになった部屋でため息をつくと、スマホが震えた。  今日はゆっくりしようと思ったのに、なんだか騒がしいな、と苦笑して画面を見ると、今別れたばかりの光次郎だ。 【俺の仕事先で見るような人だったな。本当に大丈夫か? なんか、見た目と言動の年齢差がありすぎる】  駿太郎は驚いた。まさか少しの間一緒にいただけで、そこまでわかるのだろうか、と。  少し考えて、駿太郎は返信をする。 【国家公務員とは聞いていたけど、法務教官だとは聞いてない。仕事先って刑務所のことか?】  なんだか友嗣が馬鹿にされたように感じて、少しイラついた。すると友嗣が抱きついてきたのでスマホ画面を隠す。 「……なんで隠すのー?」 「恥ずかしいんだよ。ちょっと待って」  そう言って、スマホ画面を見せないように画面を見ると、すでに返信があった。 【少年院だよ。たまに見る、愛情表現がゼロか百しかない奴。……愛着障害ってやつ? 怒らせたら歯止め利かないし厄介だぞ。やっぱ兄さんには合わないな】 【余計なお世話】  そう打ち込んで送信し、駿太郎は画面をオフにする。そして今の言葉は忘れようと思った。友嗣は前向きに生きようとしている。それだけで今は充分だと。 「ねー、終わったー?」 「ん? ああ、終わった」  猫のようにすりすりしてくる友嗣がかわいい。頭を撫でて、そのついでに頬も撫でる。お互いこういう仕草が好きだから、撫で合っていると落ち着くけれど、それもしばらく続くと少々困ったことになるのだ。心地よいと思っていた手が、もっと色んなところを撫でて欲しいと願ってしまうから。 「友嗣……」  自分でも、視線に熱がこもっているのがわかった。友嗣も空気が変わったのを察したのだろう、目を細めて額を合わせてくる。 「……したい?」 「うん。……でも……」  いつも友嗣は駿太郎を優先してしまう。だから今回は、友嗣の望みを聞きたかった。もう、自分の望みを言っても叱られないことを、わからせてあげたかった。 「その前に。友嗣は? ……友嗣は俺と何がしたい?」  そう言うと、友嗣は嬉しそうに笑う。シュンがしたいこと、と予想通りの答えが返ってきたので、駿太郎は一つ、彼に口付けをした。 「それから?」 「え?」 「俺としたいこと、まだあるだろ?」  彼の首に両腕を回し、間近で友嗣を見つめる。少しの驚きと、困惑を浮かべた彼の瞳は、まだ躊躇っているようだった。 「俺がやれることならなんでもしてやる」  そう言って後押しすると、友嗣は駿太郎の肩に額を当てる。 「俺を、……ずっと捕まえてて?」 「うん」 「愛して欲しい」 「うん」 「それから……」  友嗣の言葉が止まった。鼻を啜る音がしたので頭を撫でると、彼の腕に力が込められる。 「毎日一緒にご飯を食べて、毎日一緒に眠りたい」 「……わかった」  正直、前の駿太郎なら、今までとどう違うんだと思っただろう。けれどそんな当たり前のことができなかった友嗣は、それこそが彼の本当の望みなのだと知る。震える背中を優しく撫で、駿太郎は「教えてくれてありがとう」と囁いた。自分の望みを言って、礼を言われたのは初めてだよ、と友嗣は泣きながら笑う。  それでもまだ、友嗣には駿太郎に言えない過去があるのだろう。自分が聞いたのはほんの一部に過ぎないと思うのは、将吾と出会ってからの話しか、聞いていないからだ。 (いつか、それも教えてくれ。お前が心から俺を信頼できるように、俺も頑張るから)  近付いてきた唇を受け入れ、そのままソファーに倒れ込む。何度か互いに撫でてキスをしたら、友嗣の涙はもう止まっていた。 「……ゴムはしろよ?」 「ふふ、はーい」  笑う友嗣はかわいい。身体は大きいのに子供な彼氏は、やっぱりご機嫌なのが似合う。 「シュン」  服を脱がし、脱がされたところで呼ばれ、駿太郎は友嗣を見上げた。 「シュンは特別だよ」 「……将吾サンよりも?」 「なーにそれ、嫉妬?」  耳元でクスクス笑う友嗣。ああそうだよ悪いか、と顔を強引に引き寄せキスをすると、すぐにそれは深いものに変わる。  甘いため息と共に離れた唇は、濡れた糸を引いて消えた。 「ゆーじは、優しくされると弱いから……」 「あは、……そうだった。人のこと言えないね」  でも今は、と彼は身動ぎする。お互いの熱くなった性器が触れ、駿太郎は肩を震わせた。  駿太郎の優しさだけ欲しい。と彼は囁く。  この、甘い時間を彼も大切にしてくれているのなら、駿太郎も嬉しい。その安心感があるからこそ、人は世界を広げられるのだと思っているから。  甘く広がる痺れに駿太郎は身を任せ、好きだよ、と友嗣を抱きしめた。 【完】

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