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第1話 死の宣告
「このままでは数か月のうちに命を落としますよ」
ここ一年、酷い咳と胸の痛みに悩まされていた俺。まさかとは思っていたけれど、とうとう花の形の痣が胸中に浮かぶようになってしまい、病院に行った。
そこで言われたのは、死の宣告だった。
「肺の中にたくさんの花が……チューリップの花の影があるのが見えますか?」
医者 のパソコンに表示されたレントゲン画像には、確かにチューリップの花の形が無数にあった。
「廣田真生 さん、あなたの病名は花影 病です」
────花影病。
それは、十年ほど前から全世界に広がった奇病だ。他者への強い思慕をこじらせると肺に花の形の腫瘍ができ、身体の細胞を栄養にして成長する。
「ご存知と思いますが、花は栄養を奪う代わりに毒素を植え付け、胸部分の肌に痣を出現させます」
「はい。もうこんなに出ています……」
セーターの裾をめくった。
医者 は、肌色のキャンバスに描かれたたくさんの褐色のチューリップを見て、残念そうに目を細める。
「個人により花の種類は違いますが、不思議なことにどの痣からもお相手を思って胸を焦がした際、その花の花びらが出現して落ちます。もうご経験はされましたか?」
「……はい……。確かに、黄色いチューリップの花びらでした」
今は花びらが現れていない痣のひとつに、そっと手を当てた。
「廣田さん、現段階では思慕を叶えるしか治癒方法がありませんが、黄色のチューリップの花言葉は"叶わない恋"です。これはあなたの恋が叶わないことを意味しています。そのうちもっと毒が回って、痣が全身に広がり、やがては……」
医者 はもう二回目は言わず、「薬を出しておきますね」と言って診察を終了した。
花影病で治癒の見込みのない患者には、日々の苦痛を和らげる安定剤と睡眠剤が出される。俺も処方箋を貰ったけれど、一日のほとんどを眠って過ごすことになるそれを、薬局に取りには行かなかった。
少し考えたい……これからどうするか。
俺の恋は実ることはないから、命は助からない。両親に伝え、大学にもいつまで通うか決めないと……。
痣がいくつか現れた頃から予感はしていたためか、頭の隅に冷静な俺がいる。それでもはっきりと死の宣告を受けたことは大きな衝撃で、放心して帰路を歩いた。
「真生 だ! お帰り。今日は早いんだね」
「……悠生 。と、郁実 君……」
いつもは遅くまでバイトを入れているのに、病院に行ったせいで会いたくない二人と鉢合わせをしてしまった。
悠生は俺の双子の兄で、郁実君は五つ上の幼馴染。そして俺と悠生の家庭教師でもあった人。
二人は去年、俺たち双子が大学に合格したと同時に付き合い始めた。
「久しぶりだね、真生」
郁実君がふんわりと微笑む。
途端に胸が苦しくなって、息が詰まりそうになった。胸の痣に熱感も覚えて、花が萌え出てくる感覚もある。
「ん。じゃね」
不愛想に見えたと思う。でも仕方がない。二人の目の前で……花影病の原因の郁実君の目の前で激しい咳をして、こぼれ落ちる花びらを見られるわけにはいかない。
俺はろくに挨拶もしないで、悠生と二人で住む学生アパートの中に入り、早足で自分の部屋に向かった。
「う、ぐっ。ごほ、げほっ……」
二人がまだ玄関で話をしながら靴を脱いでるうちに、咳をしながら服を脱ぐ。
……気持ち悪い。咳と同時に痣から花びらが落ちてくる。ここまで落ちるのは初めてだ。郁実君に会ってしまったから?
俺がしゃがんだ下に、黄色の花びらがはらはらと落ちては積もる。
まだ胸は苦しくて、咳が込み上げて来る。
けれどそろそろ二人が隣の悠生の部屋に入ってくる頃だ。咳をしていることに気づかれたくない。
俺は脱いだ服で口を塞いで咳の音が漏れないようにした。
ガチャ、パタン……二人が部屋に入った音がする。それから。
「ねえ、抱きしめて」
「……ああ」
「もっとちゃんと……いつもみたいに、キスをして?」
「悠生……」
始まった。二人がイチャついてる会話。俺が珍しく家にいるとき、年上で分別がある郁実君は遠慮があるように思えるけれど、結局は悠生の甘えた声に負けてしまうんだ。
俺がいないときは、どうせなんのためらいもなくヤりまくっているんだろう。
「いいから早く。そうじゃないと俺……」
悠生の声が萎む。郁実君の胸に顔を埋めたのかもしれない。
「ん、んっ、郁実君、好きっ……もっと。もっとして。ねぇ、もっと強く抱きしめてぇ……」
しばらくの沈黙のあと、荒い息遣いまで伝わってくる悠生のかすれた声がした。
「ぅ……」
耐えられない。胸の中でせめぎ合うように花が咲くような圧迫感、焼けるように熱くなる肌。
これは、郁実君への叶わない思いの苦しさ。
俺は服を着て、口元を押さえながら外に飛び出した。
「うぅっ、ゲホッ、ゲホッ、ぐっ……」
苦しいよ、痛いよ、熱いよ。
苦しいよ、痛いよ、熱いよ、郁実君……!
咳をするたびに花びらが現れて、セーターの裾から数枚がこぼれ落ちてしまう。
慌てて手で寄せて隠そうとしたものの、道行く人のヒソヒソ声が聞こえた。
「うわ、あの人、チューリップの花びらが身体から落ちてる。あれって花影病じゃないの?」
「しっ。早く通り過ぎるぞ。感染したらたまらないからな」
花影病患者が落とす花に素肌で触れたら、毒素に当てられて体調を崩してしまう。最近では、感染して叶うはずの恋も叶わなくなるとまで言われ始め、隔離しようとする声も上がっている。
俺はこの苦しみを抱え、一人寂しく死んでいくのか……?
どうして? 双子の悠生は幸せに生きていくのに、俺だけどうして……!
「郁実君を本当に好きなのは俺なのに……ぐぅっ、ゲホッ、ゲホッ」
涙と苦しみで地面が歪んでいく。俺は自分が落とした花びらを掴み、手の中に隠して握り込んだ。
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