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第2話 回想①
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中学に上がると同時に県外に引っ越した郁実君に再会したのは、高校二年生の夏休み前だった。
行きたい大学の偏差値に少し届かずに塾を検討しているとき、「評価が高い大学生家庭教師マッチングサイトがあるんだ」と、クラスメイトが教えてくれた。
条件を入れれば、学力や志望校への適応だけでなく、行動パターンや思考、性格など、数値化の難しいデータもAIが分析して、合格に導く最適な人材を選択してくれるという。
それもプロ家庭教師の半額以下の値段設定だそうだ。
親に許可をもらってサイトに登録し、条件を入力すると、時間を置かずに三名のマッチング結果が出て、そのうちの一人とのオンライン面談がすぐに決まった。
「こんにちは。学生家庭教師照会サイト・プログレス所属の家庭教師、内藤郁実です。……俺のこと、憶えてるかな?」
デジタル画面越しでもわかる、内側から光を放つような美形がそう挨拶したとき、驚きと喜び、面影が見て取れる微笑みへの郷愁、再会への興奮……たくさんの感情が俺の心を忙しく駆け巡り、身体の震えが止まらなかった。
忘れるわけない。俺の憧れのお兄さんだった郁実君だ!
────今も積極的な方ではないけれど、引っ込み思案で内向的な子どもだった俺は、小学校に入学した最初の二か月ほど、学校に行き渋って両親を困らせ、悠生を呆れさせていた。
そんな俺を毎朝迎えに来て手を引いて学校に連れて行ってくれたのが、当時六年生で地区の班長さんだった郁実君だ。
郁実君は小学生でもすでに大人っぽくて、俺にとっては絶大的に「素敵なお兄さん」だった。今考えれば幼い一年生の相手なんかつまらないだろうに、時々放課後に悠生と一緒に遊んでくれて宿題も見てくれたし、俺たちがまだ知らない話をわかりやすく聞かせてくれたりした。
面倒見がよくて、賢くて優しい郁実君。俺は彼を当たり前に大好きになった。
でも、有名な大学附属の中学を受験して合格した郁実君は、県外の学校付近に引っ越ししてしまった。
別れたときは幼な過ぎて泣くことしかできなかったけれど、こんな偶然があるなんて!
「こんな偶然があるんだね」
郁実君も顔を綻ばせて言いつつ、この会社 は郁実君が大学三年生の時に立ち上げた会社だそうで、他の二名とも面談して慎重に選んでほしいと付け加えた。
勿論! そんな悠長なことをするわけがない。絶対に郁実君に教えてほしくて、その日のうちに両親にお願いをして、すぐに契約してもらった。
「久しぶりだね、真生君」
そして、約十年ぶりの生身の郁実君との再会。
郁実君はすらりとした長身で、画面で見るよりもずっと輝いて見えた。
柔らかそうな髪はセンター分けで、はっきりと見える綺麗な額に整った形の眉。すっと通った鼻筋に優し気な大きな瞳。立っているだけで惹きつけられて、俺はしばらく言葉を失ってしまったほどだ。
郁実君も俺を「昔から可愛かったけど、すごく素敵に育ったね」と、頭一つ分小さい俺の頭を撫で「わ、髪もあの頃のさらさらなままだ。綺麗な黒髪だよね」と微笑んだ。
けれど俺は地味で目立たない奴だから、それは絶対に社交辞令だと思う。
「……全然だよ」
香水を着けているのか郁実君は匂いまで素敵で、違いが大きすぎて隣に並ぶのが気恥ずかしい。
俺は顔を熱くして下を向いてしまった。胸がいっぱいで、目が潤んできてしまう。
「また会えて嬉しいのに、顔、隠さないで? こっち向いてくれないかな」
郁実君は背を屈めて俺の顔を覗き込んだ。
目と目が合う。
うわ、めちゃめちゃ近い。
「……み、見ないで」
「え? 泣いてる? なに、どうした?」
「なんでもない!」
「でも」
「嬉しい、から。また郁実君に会えたのが嬉しくて……感動、してるだけ」
どうやっても嘘がつけなくて、うつむいたまま言う。
すると郁実君はまた俺の頭を撫でて、髪をくしゃくしゃっと触った。見上げると、とても嬉しそうな笑顔がそこにある。
「俺も、また会えて嬉しいよ」
温かさが詰まった声に、目の縁に溜まっていた涙が一粒、ぽろりと落ちた。
それから、郁実君は週に一度の二時間と季節休みの時には詰めて家庭教師をしてくれることになった。
嬉しかった。いつも胸が高鳴っていた。
郁実君と頻繁に会えるようになるのはもちろん、あの頃より大人に近づいた俺たちは、新しい関係を築くことができるかもしれない。
今は家庭教師と生徒でも、合格したら一緒に出かけたりとかしてもらえないかな……なんて、再会の瞬間に郁実君を忘れられなかった理由に気づき、恋心を自覚した俺は期待した。
でも……。
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