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第8話 悠生も?

「離れてよ!」  悠生はツカツカと早足で入ってきて、俺を突き飛ばそうとする勢いで手を伸ばした。 「悠生、やめるんだ」  郁実君がすぐに立ち上がって悠生を止め、庇ってくれる。 「悠生。真生は悪くない。俺がどうしても真生を好きなんだ。今それを伝えた。それと、悠生が真生の気持ちを偽っていたことを知った。嘘をついたのは、病気のことがあったから?」  ……病気!? 「悠生、なにか病気にかかってるの?」  病気と聞いて、俺もベッドから立ち上がる。  そう言えばさっき、郁実君は「真生花影病なのか」と言った。 「まさか、悠生も花影病に!?」  郁実君に片手を取られている悠生の肩を掴むと、悠生の身体がピクリと震えた。 「俺? 他に誰が……」  視線をさまよわせる悠生。その先に俺が落とした黄色と血の色のチューリップの花びらをを見つけて、俺に視線を戻した。 「……真生が、落としたのか? 真生が花影病……?」  俺がこくりとうなずくと、郁実君が口を開いた。 「そうだ。真生も花影病を患ってしまった……俺を思って、と言ってくれたんだ。俺は、命の重さを比較するつもりはないし、悠生を見殺しにしたいわけじゃない。でも、愛する人が俺とすれ違った思いから命を失くすなんて絶対に嫌だ。悠生の花影病が治る他の方法を一緒に探すから、別れてほしい」  郁実君の言うとおりだと思った。命の重さに違いはない。もし俺が助かったら、今度は悠生が命の危険に晒されるかもしれない。  だから俺の口から別れてくれとは言えないけれど、このまま付き合っていてほしくもない。  どうすればいいのかはわからない。でもまずは、二人とも死なずに済む方法を探す必要がある。 「悠生、悠生の花影病のこと、教えて。いつから? なんの花? 病院はどこ?」 「う……」  郁実君に別れを言われたことがショックなのだろう。悠生は眉を寄せ、うつむいて答えない。代わりに郁実君が答えた。 「悠生が俺に伝えてきたのは、合格発表の日だった」 ***  合格発表の日、郁実君と入ったカフェで、悠生はポロポロと涙を零しながら言った。 「俺、郁実君に思いが募って、花影病になったんだ……だから真生が郁実君を怖がってるってことを伝えたんだ。そうしたら真生のことは諦めて、俺のことを見てくれるかもって……ねえ、このままじゃ俺は死んでしまうかもしれない。助けてよ郁実君。真生のことは忘れて、俺の恋人になってそばにいて!」 「そんな不実なこと、できるわけがない。俺が悠生を愛することはないよ……」 「お願いだよ。そうじゃないと俺、うっ……ぐ、胸が苦しいっ……!」 「悠生!」  悠生の咳はすぐに止まったけれど、郁実君は悠生の辛そうな姿と「死にたくない」の言葉に動転した。それ以上首を横に振り続けることはできなかったそうだ。  実直で優しい郁実君らしいし、俺も同じ立場なら拒否はできないと思う。  それから二人の交際が始まり、悠生は普段は花影病の症状が出なくなっていたけれど、郁実君がよそよそしかったり、学校や仕事でそばにいることができないと、咳払いをして苦しそうにしていた。  病院ではどう言われているんだ、と聞くと、「郁実君と本当の恋人になるほかに治癒の方法はない」と悠生は繰り返していたそうだ。 *** 「だから今日まで努力してきた。でも悠生のことは恋愛の対象として見れないままで……真生の気持ちを知ってしまったら、もう悠生の恋人役を続けていられない。ごめん、悠生」  郁実君は悠生の目をまっすぐに見て言う。でも悠生は目をそらしたままだ。 「悠生、俺も花影病だから辛さはわかる。でも、俺が郁実君を怖がってるなんて嘘は付かないでほしかった。確かに俺は告白する勇気はなかったけど、俺の気持ちを嘘にせずに、自分の気持ちだけを言うべきだったんじゃないのか」 「……うるさい! それより近寄るなよ、この花影病が! 感染したらどうしてくれるんだよ」 「どういう意味? 悠生も花影病なんだろ? 感染するって、今さらどうして」 「うるさい! うるさい! うるさい! どけよ!」  悠生が身体を動かし、郁実君と俺の手を振り払う。 「ふん、郁実君なんてもういいよ。付き合っても苦しいふりをしないと会いにもこないし、俺に触れもしない! この俺が誘ってやってんのに反応もしなければキスさえしてこない! 不能なんじゃないの? もういらない。真生にやるよ」  ……反応しない? キスも、していない? それって、二人は形式上付き合っていても、なにもなかったっていうこと? 気持ちだけでなく、身体の関係も? 「じゃあどうして悠生の症状はほぼ失くなっていたんだ? いくら好きな人がばにいてくれても、そんな状態でここまで良くなるなんて……」 「……嘘に決まってんだろ! 全部嘘だよ! そうでもしないと郁実君が手に入らないから嘘ついたんだよ!」 「嘘!?」  驚くべき悠生の言葉に、俺と郁実君の声が揃った。そのとき。  ピン、ポーン。  ドンドンドン!  チャイムと、ドアを叩く音がけたたましく響いた。

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