9 / 12

第9話 顛末

「悠生! 開けなさい! いるんでしょう!? 真生も、いるんならすぐに開けに来て!」 「お母さん?」  俺が反応したのと同時、悠生が「ち」と舌を鳴らす。 「悠生、なにかしたのか?」  言いつつ、玄関へ向かい鍵を開けた。お母さんだけかと思っていたらお父さんまでいて、すぐに中に入ってくる。 「悠生はどこなの!?」 「俺の部屋だけど」  お父さんは苦いものを咬み砕いたような顔をして、お母さんは怒り心頭という様子で、俺の部屋で悠生を見つけると、腕を掴み上げて怒鳴った。 「あなた、大学、どうなってるのよ! 二年生に上がれないって通知が入って、大学の事務所に電話したら、ほとんど行ってないし試験も受けてないって言われたわよ! その上……さっき学校に呼ばれて教授が話を聞くって言って下さったのに、悪態をついて帰ったんですって!?」 「痛っ! 離せよ」 「離すわけないでしょう! 今すぐ家に連れて帰るからね!」  え? え? 大学に行ってない? 教授に楯突いた!? 「悠生がそんなことを!?」  さっきから驚くこと続きで、間抜けに聞いてしまうと、お母さんは俺にまで八つ当たりをしてくる。 「そうよ、真生、あなたが一緒にいるから大丈夫だと思っていたのに、どういうことなの!」 「いや、そう言われても学部もキャンパスも違うから……昼間はアパートにいなかったし、悠生のことだからうまくやってるのかと」 「もう! 大学に行けば少しは真面目になると思ったのに。ほら、家に帰るわよ! これからは二十四時間監視するから!」  お母さんが悠生の腕を引っ張った。悠生は激しく抵抗して逃げようとしたけれど、お父さんにも叱られ捕まえられて、まるで罪人が連行されるかのように後ろ手に拘束され、むくれた顔をして実家に帰って行った。   あっという間の出来事だった。悠生のたくさんの嘘は、疑問も多く残したまま、嵐のように去ってしまった。  残された俺と郁実君は呆然としてしまい、座ることも忘れている。 「えっと……悠生の花影病は、とにかく嘘だってことだよね?」  俺がポツリと言うと 「そう、みたいだね……」  郁実君もポソッと言って、俺たちはどちらからともなく顔を向かい合わせた。 「……良かったあ」  力が抜けていくのを感じてベッドに座ると、郁実君は眉をハの字にして申しわけなさそうに、でも安堵したようにも見える表情で隣に座る。 「嘘をつかれたのにホッとするなんて、真生らしいね」 「郁実君こそ。安心した顔、してる」 「ああ、安心した。けど、なんで簡単に騙されたかな、ってかっこ悪い……でも一番は、嬉しい。真生と同じ気持ちだった」  郁実君の手が俺の手を包む。  ふわっと胸の中が暖かくなり、久しぶりにすみずみにまで酸素が行きわたる感じがする。 「かっこ悪くないよ。辛い人を見過ごせない面倒見のいいところ、好き。……それに、辛かった一年を忘れるくらい、俺も嬉しい」  久しぶりの深呼吸をしたあと、俺も郁実君の反対の手を握った。  深呼吸の効果か、決死の覚悟で演技をしてふっ切れたからか、今まで言えなかった気持ちがスムーズに言える。 「……真生。ごめんね。俺が優柔不断なせいで、悲しい思いをさせたね」 「だから、優柔不断なんて思ってないよ。郁実君、悠生の恋人役はしてたけど、なにもなかったんでしょ? 悠生の誘惑に勝てる人ってあまりいないけど、反応もしなかったって……」 「ふ、不能じゃないから!」  ここで焦る郁実君。思わず吹き出してしまう。 「知ってる。……さっき、俺が触ったら反応してくれたもん」 「……言わないでくれ。もっとかっこ悪いから」 「わ」  顔を隠そうと思ったのか、郁実君は俺を抱きしめ、胸の中に閉じ込めた。 「だからかっこ悪くないってば……でも、悠生が"いつもみたいにキスして"とか言ったり、高い声を出すときがあったのって」 「あれは……ただ抱きしめてるだけなのにそんなふうにすることがあって……今思えば、真生が部屋にいるときだけだった。真生への牽制のための芝居だったんだろうね。でもごめん。俺、死をちらつかせられて、何度も悠生を抱きしめた。それ以上は誓ってしてないけど、嫌だよね。無神経でごめん」  郁実君が俺を抱きしめる腕をほどこうとする。 「駄目っ、離さないで!」  俺はすぐに縋りついて離さなかった。 「これからその分俺を抱きしめて? 悠生を抱きしめた以上に何万回も抱きしめて、ここ、俺だけの場所にして?」  胸に顔を埋めて言うと、俺をしっかりと抱きしめ直し、頭に頬をくっつけてくれる。 「かわいいこと、言う。……真生って、ほんとに誰とも付き合ったことない? さっき誘ってきたときも、ドキッとしたよ。やっぱり誰かと経験あるんじゃ……」  片頬を包まれ、顔をじっと見られた。拗ねたような顔が目の前にある。 「ないよ! 経験あるふりをしたら、郁実君が罪悪感なく抱いてくれるかもって考えただけで、俺は郁実君ひと筋だもん……でも郁実君限定のビッチにはなりたいな……」  郁実君の温かい体温を感じ、いい匂いを吸っていたら身体がもぞもぞし出して、つい大胆なことを言ってしまった。  郁実君は困ったようにため息をつく。 「……真生ってほんとに……。昔から自覚なく魔性を出してるって気づいてよ」 「魔性!? そ、そんなことしてないよ!」 「してるんだよ。顔を赤らめたり、目を潤ませたり、見つめてきたと思えば避けて、避けたと思ったら見つめてきて。……我慢するの、大変だったんたから」  そんな自覚はなかったけれど、郁実君には俺が魅力的に見えたのかな……。  そうだとしたら、嬉しい。 「もう、我慢、しないで?」 「……そういうところだよ。もう……。ほんとに我慢しないからね? でも俺も、真生ひと筋だったから下手かもよ? 笑わないでね」 「笑わないよ。……あっ」  唇が重なった。  お互いに唇が開いていて、すぐに互いの唾液が混ざっていく。  ちゅ、ちゅく、と水音が立ち、何回も角度を変えて、俺たちは長い時間キスを続けていた。

ともだちにシェアしよう!