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第10話 チューリップの花言葉
「すっかり痣も、肺の花の影も無くなっていますね」
病院の診察日、前回と同じようにレントゲン画像を前にした医者 は、俺の胸と見比べながら感心するように言った。
「廣田さん、あなたの痣から落ちていたのは、チューリップの、黄色の花びらでしたよね」
「はい。でも、一番最近……というか、最後に落ちたものには血の色みたいな赤い色の花びらも混ざっていました」
「なるほど。花影病の方でチューリップ症例の方は、白か黄色の花びらしか落ちないものなんです。あなたもそうおっしゃっていたので、その前提でお話していたのですが」
医者はそう言いながら、パソコンを検索画面にして、「チューリップ 花言葉」と入力した。
「実は、本来チューリップの花言葉は良いイメージのものなんです。そして色によっても意味が違うんです」
「そうなんですか?」
「こちら、ご覧下さい」
医者が見せてくれた画面に、チューリップの花言葉一覧が表示される。
────チューリップの花言葉は
全般的には思いやり。そして色別には、白は「失われた愛」、俺が落としていた黄色は「叶わない恋」。どちらも悲恋を示す言葉だ。
けれど俺が最後に落とした赤は。
「愛の告白……真実の、愛……」
俺はチューリップの花言葉を自分で調べたことがなかった。
色により花言葉が違うなんて知らなかったかし、一般的にも「チューリップの花吐き患者は予後が悪い」と言われていて、可憐な花なのに悪い意味しかないのだとばかりだと思いこんでいたからだ。
「そうです。あなたが最後に落とした花びらの中に赤が混ざっていたとうことは、なにかそこであなたの中で毒性を排出する変化があったのではないでしょうか。今まで叶わなかった思いを覆すような強い思いがチューリップの毒性と一緒に吐き出されたと言いますか、それこそ決死の思いで体の中に溜めていたものを表出した。だから体質も変わった……あくまでも憶測ですが、花影病はメンタル的な影響が多いですからね」
医者の言葉がすとん、と胸に落ちる。
そう、俺はあのとき、死を覚悟していたからできたんだ。兄の恋人を誘惑しようなんて、それもビッチのふりをしようなんて。
それが正しいか間違っているかは別として、普段じゃ考えることもできなかっただろう。
結局、決死のビッチ作戦は不成功に終わったものの、俺は真実の気持ちを表出することができた。黙って死んでいこうと思っていたけれど、告白することができた。
「病気が治っているということは片恋が終わったことを示していますが、廣田さんの状況から察するに、お相手への気持ちが離れたのではなく気持ちが通じたようですね。お相手は思いやりのある誠実な方なのでしょう。チューリップの花に憑かれて、ここまで後遺症がないのは珍しいんですよ。お相手の気持ちが一番の治療薬ですから、愛情の深さが見て取れます。おめでとうございます」
胸に温かい空気が満ち溢れる。医者も看護師さんもにこやかに送り出してくれて、俺はただただ頭を下げることしかできず、地に足がついていないような感覚で病院を出た。
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