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第11話 チューリップの花言葉②

*** 「真生? 病院の結果、心配なことがあった? やっぱり付いて行けばよかった」  診察が終わったあと、待ち合わせをして久しぶりに郁実君に会えたのに、俺はぼんやりとしていたようだ。  病気が完治した安堵と、郁実君が本当に俺の恋人になったんだという夢みたいな現実に、席に座ってからもまだふわふわ浮いているような心地だった。 「ううん。忙しいのに、こうして昼間に時間を作ってくれてありがとう」  郁実君は、プログレス(しごと)がエンジェル投資家と呼ばれる個人投資家や、ベンチャーキャピタルからも注目され始めていて、今とても忙しくしているんだ。 「病気、後遺症の心配もないって。でね、それは……」  両手を口の横に立て、耳元に顔を寄せた。 「恋人の愛情が深いからなんだって」  だからきっと、告白する前でもそばにいるだけで症状が和らいでいたんだろう。郁実君がずっと俺を思っていてくれたから、一番の薬になっていたんだ。    顔が勝手に、にへら、と緩んでしまう。  すると郁実君は、ん~~と小さく呻いて顔を覆った。 「可愛すぎる……真生への愛情には自信があるけど、そんなに可愛く言われたら、いつまで理性を保っていられるか自信がなくなる」 「ふぇ……」  他の人が聞いたら眉をひそめられそうな言葉も、俺には甘い甘い愛情の言葉だ。瞬間で顔が赤くなってしまう。  思いが通じた日、郁実君が「もう我慢しないから」と言ってくれて、たくさんキスを重ねた俺たちだけれど、まだそれ以上には進んでいない。  郁実君が、悠生のことが落ち着いてから両親に挨拶をして、付き合いを認めてもらってからにしようと力説したからだ。    郁実君って、本当に誠実で紳士……でも俺の方は、根はビッチなのかも。  そんなのとっぱらって、すぐにでもひとつになりたかったな。  でも……それで認めてもらえたら、郁実君のマンションで一緒に暮らそうと言ってくれたから、機会を待っている今日この頃。 「一生大事にしたい子だから、ちゃんと筋を通したいんだ」  テーブルの下で俺の手を取って、ぎゅ、と握ってくれる。これが当たり前になった今がとても嬉しい。  こんな幸せを、これからたくさん重ねていけますように。 「あのさ……それなんだけど、病気も完治したし、悠生の件も落ち着いたんだ。だから週末ならいつ家に来ても、もう大丈夫だよ?」 「そうなの?」 「うん。悠生は、お父さん側のおじいちゃんのところで働くことになってね」  実家に連れ戻された悠生は、両親にたくさんの悪事を暴かれる羽目になった。大学のこともだし、郁実君以外にも「付き合っている形」の人が男女問わず数人いたり、ゲーム配信を顔出しでやって個人情報を流していたり、果てはママ活まで。  両親は頭を抱え、俺も聞いてびっくりしてしまった。  それと、俺の花影病のことは両親に伝えなかった。郁実君と思いが通じたことで、治るという確信があったからだ。だから悠生ともあの日以降、病気の話はしていない。  でもきっと……あの悠生でも、人の生死を左右するのはさすがに怖かったんだろう。だからあんなにあっさりと引き下がったんだと思う。  これに懲りて、これからは嘘を付かないでいてくれるといいけれど……。  いや、大自然の中で、少しは変わってくれるだろう。  今、悠生は、とても厳格で昔気質のおじいちゃんが住む遠い田舎に預けられ、おじいちゃんと叔父がやっている養鶏を手伝っている。  スマートフォンも取り上げられて、朝から晩までおじいちゃんとニワトリに追いかけられ、つつかれているんだとお父さんが言っていた。 「そうなんだね。……じゃあ、いつにしようか」 「えーと……」  俺たちはお互いのスマートフォンを開いてスケジュールを確認し、その日を決めた。  カフェから出ると、気温が随分と上がっていることに気づく。  本格的な春の到来だ。  入るときはぼんやりとしていて見えていなかったけれど、カフェの外にプランターが置いてあって、春の花が植えられている。  デイジー、ヒヤシンス、フリージア。  そして、赤のチューリップ。 「知ってる? 赤のチューリップの花言葉は"愛の告白、真実の愛"なんだって」  肺からも肌からもチューリップは消えたけれど、胸の中には赤いチューリップが咲いているような気がして、俺は知ったばかりの知識を恋人に披露するのだった。   (HAPPYEND)

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