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第6話 思いがけない勅命

 時間が巻き戻ってから半年。季節は春から初夏に変わり、これまででは考えられないほど緩やかに、平和にユーリルは過ごしていた。  物足りないとすれば、宮殿の外へ出られないことくらいだろう。  しかし侍医のバウルに大事を取ってあと少し、あと少しと先延ばしにされていたのだが、とある人の言葉で急に覆された。 「私が視察、ですか?」  突然、皇帝陛下に呼び出されたユーリルは思わぬ勅命に動揺し、上擦った声で言葉を紡ぐ。  驚きで目を瞬かせる息子の表情に、皇帝ルカリオは玉座に座したまま鷹揚に頷いた。  緋色の髪と瞳。普段の彼は皇帝の色と、鋭い眼差しで威厳を感じさせるのだけれど、いまばかりはユーリルの反応にやんわりと目を細める。 「バウルに何度も外へ出たいと言っていたのだろう?」 「は、はい。言っておりましたが」  謁見の間に、いささか裏返り気味なユーリルの声が響く。  私的な謁見に使われる部屋なので、ここはさほど広くない。  それでも皇帝の側近や騎士を含め、数人しかいない空間は衣擦れの音さえ響くのだ。  緊張しながら立っているユーリルは、いつもより敏感に音を捉える。  さらにはルカリオのかすかなため息にビクッと肩が震えてしまった。 「ただ、そなたに任せるには内容がふさわしくないかと苦慮している」 「ふさわしくない、とは?」  眉間にしわを寄せ、顎を指で撫でるルカリオにユーリルはおずおず問いかけた。  やはり半端な混ざりものでは――そんな風に自身を卑下してしまいそうになり、声量は先ほどまでの半分くらいであったように感じる。 「不安な顔をせずとも良い。そなたの銀は私の母譲りだ。そして髪に混じる赤は私の色より鮮やかな緋色。その意味をよく考えるといい」 「……ありがとうございます」  遠回りながら、考えを否定してくれたルカリオに、ユーリルはほっと表情を和らげる。 「ふさわしくない、という言葉は語弊があるな。任せたいのだが。ユーリル、そなたの体が心配なのだ。今回の視察は帝国内で最近報告が増えた、原因不明の病についてだ」 「原因不明の、病?」 「伝染病の類いではない。症状は高い発熱と皮膚の変色、四肢の痺れ。魔力がある者は欠乏症になったと報告もある」 「伝染病では、ない。感染者はどこかで原因となるなにかに接触している。それを特定するための視察ですね」 「そうだ。しかし原因がわからないゆえ、ようやく体が回復してきたそなたに任せて良いものか。少々、議論になってな」  ルカリオは外へ出してやる良い機会と思ったものの、ユーリルの体調を慮って決定とせず、本人に選択の余地を残してくれたのだ。  バウルがもう少しというのだから、ユーリルの体は完全に回復と至っていないのだろう。  だがここできっかけを逃せば、いつになるかわからない。 「ユーリル、そなたに任せても良いか?」 「おまかせください。陛下のお役に立てるよう、最善を尽くします」 「わかった。ではそなたに今回の件を任せる」 「ありがとうございます!」  事の次第を把握し、早く外へ出たい。ようやく叶った外出許可だ。  しかしユーリルに逸る気持ちはあれど、なによりルカリオ――父が任せると言ってくれるのだから、頑張りたい想いのほうが強くある。  彼の気持ちがほかの家族と同じなのだとすれば、未来もいまも、ユーリルが継承候補になっていないのは、体の弱さを考慮してだ。  期待をかけすぎると無理をしてしまうとでも思ったのだろう。家族全員、いたわりの思いが空回っていた可能性がある。 「ただ、今回は申し訳ないが、なるべく少数での行動をしてもらう。そなたとアビリゲイト卿だけではなにかと不便があるはずだ。視察の同行者はシリウスたちに相談して、信頼の置ける者を選ぶと良い」 「はい。ご配慮ありがとうございます」  確かに病の原因がわからないまま、調査を大々的に行うわけにはいかない。  民の不安を余分に煽る。  今回の視察に自身が選ばれた理由をユーリルは理解した。兄姉たちは民たちに馴染みがあり、顔をよく知られている。彼らが行動すれば目立ってしまうのは必至だ。  その点、ユーリルは公式な祭典も全員参加でない限り、欠席になっていた。末皇子の名前を知っていても、顔を直接見た者は少ない。 (そういえば未来でも、病の流行があったような。あとで記憶を整理してみよう)  謁見が終わり、ユーリルは控え室で待つデイルの元へ向かった。  彼も視察に連れて行くようにと、それとなくルカリオに言われたけれど、本人の了承も得るべきだ。  デイルは近衛騎士だから基本、ユーリルとともに行動する。だとしても騎士団との兼ね合いもあるはずだ。 「デイル、待たせた。――あ、ヘイリー兄さま」  控え室にいるのはデイルだけかと思い、入室とともに声をかけたユーリルは、もう一人の人物に驚きの声を上げた。  次兄のヘイリーはそんな弟の反応にニカッと笑う。  ピンクの髪に瞳。長兄シリウスと同じ色合いなのに、はっきり静と動と例えられるほど、性格が違う兄だ。 「兄上。どうされたのですか?」 「ん? 近くを通ったらサイラスの姿が見えて、挨拶をしにきた。時間が合ったらユーリィの顔も見られるかと思ってな」  足早に傍まで行くと、ヘイリーはぽんぽんとユーリルの頭を撫でる。  体を鍛え騎士になった彼は現在、魔法騎士団、団長の位についていた。デイルにとっては直属の上官に当たる。  しかし二人はユーリルが幼い頃から交流があるので、わりと親しい間柄だった。しかもデイルは養子と言っても系譜上、ユーリルたちの従兄弟でもある。  ヘイリーにとってデイルはシリウス同様、兄のような存在なのかもしれない。 「ちょうど良かった。これから兄上たちに相談しようと思っていたんです」 「陛下に呼ばれたんだろう? なんだったんだ?」 「視察を任されたんですが、行動は少人数で行うよう言われて。相談をしようと」 「そうか。ならシリウス兄上のところへ一緒に行くか」 「はい。でもお時間は?」 「大丈夫だ。ユーリィの初仕事のほうが大事だからな」  にっと少年のように笑うヘイリーは、ユーリルの手を取って足を踏み出す。  ちらりとデイルへ視線を向けたら、彼は苦笑して頷いてくれた。デイルが騎士団へ連絡をしてくれるとわかり、ユーリルはほっとする。  三人でシリウスの執務室に向かえば、突然の訪問に部屋の主が驚いた顔をした。  だが用件を聞けば手を止めて、シリウスは話を聞いてくれる構えを見せる。 「病の件は、少なからず私も話を聞いている。確かにユーリィは適任だろうが。……いや、陛下の提案に口を挟むべきではないな。同行者は腕に覚えがある者と、地理などに長けた者がいいだろう」  シリウスの侍従が応接間のテーブルにお茶を準備し始め、シリウスもヘイリーの隣に腰掛けた。いつものようにユーリルの隣にはデイルが座っている。  この状況にいくぶん慣れたけれど、誰も疑問に思わないところが、ユーリルには不思議だった。 「サイラスも行くんだろう? だったらライードも連れて行けばいい。あいつもユーリィ付きだ。問題ない」 「ライード・ヒース副隊長か。腕も立つし、ユーリィのこともそれなりに把握しているから適任だろう。私のほうからはフィンメル・マルカスを推薦する。彼はライードと旧知の仲だ。連携を取りやすい」 「マルカス伯爵の子息、でしたね。いま宰相補佐をしている」  サクサクと物事を決定していく二人に、ユーリルは呆気にとられつつも確認をとる。 「ああ、彼は候補でもある。魔法の扱いにも長けていて、体術の心得もあるから、荷物になることはない。なにより頭の出来が良い」 「そうなんですね」  皇帝候補について、ユーリルはすべてを聞かされているわけではない。  全員の名前と顔を知っているのはルカリオ、シリウスと宰相、そのほか重要な役職の者たちくらいだ。  ヘイリーでさえ初耳だったのか、わずかに驚いた顔を見せた。 「サイラスのほうで同行者になにか意見は?」 「いいえ、彼らならば良い人選だと思います」 (デイルもマルカス伯爵子息を知っているのか。ライードと親しいなら、知っていてもおかしくないな。全員知り合いならば、道中に面倒ごとはなさそうだ)  自身の任務なのに、兄たちとデイルに仕切られ話が進んでいくが、ユーリルは話を聞き、視察の段取りや助言を頭に叩き込むことが先だった。

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