7 / 36

第7話 四人での初顔合わせ

 視察へ向かう前に、全員での顔合わせと状況確認をしよう、と集まったのは数日後だった。  シリウスからフィンメル。デイルのほうからライードへ伝達をしてくれ、話は通っている。  今回からユーリに与えられた執務室。そこに四人が揃った。 「ユーリル殿下、お初にお目にかかります。フィンメル・マルカスと申します。このたびは私を選出くださり光栄です」  ソファの向かい側に座る、唯一の初顔合わせのフィンメルを見て、ユーリルはさすが皇帝候補だと思った。  品行方正で穏やか、冷静な印象。瞳は青緑だけれど髪は淡く綺麗な赤紫色だ。どうやら右のほうがかなり赤みがかっているらしく、片眼鏡で色を補正しているのだとか。  デイルも左右の色が違うけれど、帝国では比較的よくある身体特徴だ。 「シリウス兄上がとても君を評価していた。よろしく頼むよ」 「フィンが同行者なら俺も気が楽ですよ」 「お前の気を楽にするため、私は同行するわけじゃない」  同い年のライードとフィンメルは学院の同期で、シリウスの話では性格が正反対のわりに、随分と仲がいいらしい。隣り合った二人が話す様子は気安い。  デイルと二人は一つ違いになるので、ライードをあいだに挟み、三人に交流があるのは頷けた。 「そういえば道中だが、僕たちは目立たない一行ではないと思う。なので呼び名はライ、フィンと呼ばせてもらってもいいだろうか? 僕のことはユーリと」 「え?」  ユーリルの顔はあまり知られていないとはいえ、名は知られているだろうと提案したのに、ライードとフィンメルが上擦った声を上げた。  驚きでユーリルが目を瞬かせると、なぜか言葉を詰まらせる。 「いや、それは、なぁ?」 「そう、ですね。私はユーリィさまと呼ばせていただきます」 「あっ、俺も、俺もそうします!」  二人が目配せして苦笑いを浮かべるので、訝しく思いながらデイルを見ると――こちらはいつもと変わらない表情だ。 (あれ? そういえば、僕のことをユーリと呼ぶのは……デイルだけだ)  以前のユーリルが呼ぶように言ったのだろうか。  状況がわからないユーリルは記憶を振り返ろうと思うものの、さすがに八歳の頃の記憶はこの歳になると思い出すのが難しい。 「デイルは」 「サイラスはいつもどおりでいいですって!」 「そうですよ。呼ばれ慣れないとユーリィさまも違和感があるでしょうし」 「……そうだな。確かにそうかもしれない。しかし二人はデイルのことをサイラスと呼ぶのだよな。僕もそうしたほうがいいのだろうか。名前は統一すべきだよな」 「俺たちが」 「私たちがデイルと呼びます!」  口元に手を当てつつ考え込んだユーリル――ユーリの仕草に、やけにぴったりと被ったライとフィンの声が響く。  あまりの勢いにユーリが目を丸くすれば、わずかにデイルの咳払いが聞こえ、若干前のめりだった二人は身を引いた。  三人の微妙な空気に戸惑うけれど、これからの旅に支障があるような、険悪さを感じるわけでもない。追求しても意味がない気もするのでユーリは話を進めた。 「では呼び名の件はこれでいいだろう。任務についてだが、僕が資料を作成した」 「ユーリィさまの書類は見事ですね。ここまで丁寧にまとめられる方はほかにいませんよ」  未来の記憶と、視察のためにと預かった情報をまとめた書類を見る、フィンの瞳がキラキラと輝く。  こんなところで、未来でしてきた書類仕事が役立つとは思わなかったユーリは、なんとも言えず笑って誤魔化す。 「これを見る限り、いまのところ帝都周辺の数が多いようですね」  ユーリの隣で紙面を眺めていたデイルがぽつりと呟いた。  その声にほかの二人もじっくりと文字を目で追っているのがわかる。 「そうなんだ。人の行き来が多いからかもしれない」 「じゃあ、まずは大きな街から向かいますか?」 「ライ、それは早計です。おそらく街の周辺から、のほうが良いですね」 「うん。僕もそう思う」  ライの言葉にフィンが首を横に振ったのでユーリも同意した。すると隣のデイルがテーブルに広げた地図へ指先を向ける。 「大きな街で病状の出た者が多いのは、ユーリさまの言うとおり、人の行き来が多いからだ。とすれば周辺に要因があると思うべきだろう」 「へぇ、なるほど。頭のいい人が三人もいると助かる」  二人に言葉を否定されるかたちになっても、素直に納得するライにユーリは内心ほっとした。こういった些細な部分で仲違いする者たちもいるからだ。 (三人全員が面識と交流があるのは本当にありがたいな。さすがは兄上たちだ)  シリウスが挙げた条件でさっと二人の名前が挙がった。  近しい立場の者たちだから、と言うわけではない。  こうして揃ってみるとそれがよくわかった。自身が候補になれないからという理由で、ユーリは色々なことを疎かにしてきている。  〝これまで〟のユーリはデイルのおかげで勉強熱心だったようだが。 (元々の僕はいまの僕と融合してしまったのだろうか。彼の知識があるからなにかと助かっている。僕は本当になにも知ろうとせず生きてきた)  やり直しをさせてくれた存在に感謝をしている。けれどそれと同じくらい理由を知りたい。  今回の旅で少しでもそれらを調べられたらいい。 (いつ三人に未来の話をしようか。まずは病の件の目処があらかたついてから、かな)  なるべく早めに、この三人には自身の目的を話しておきたかった。  ドラゴンについて調べるのも、黒色の魔法使いを探すのも一人では到底こなせないだろう。  しかし実際問題。ドラゴンの存在も、魔法使いの存在も、実在の可能性が低い。 (ドラゴンは無理でも、魔法使いには会いたいな)  いくら頑張っても詳細が思い出せない人物。ドラゴンのように幻かもしれないけれど、相手が自身にとって大切だ、という気持ちが強くユーリの中に残っている。 「ユーリさま?」 「ああ、すまない」 「ご気分が優れませんか?」 「デイル、ありがとう。大丈夫だ」  隣から心配げな声をかけられて、ユーリは思考の海から抜け出す。  じっとデイルの左側――黒い瞳を見つめ、きっと魔法使いは彼みたいな存在だったのだろうと考えた。いつもさりげなく傍にいてくれる。 「日程の調整は私たち三人でしておきますので、ユーリィさまは体調にお気をつけください」 「ああ、そうだな。そこが一番、皆に迷惑をかけてはいけない部分だ」 「初めての外で、旅です。道中、ちょっとばかり寝込んだって仕方ないですよ。出発までに無理せず過ごしてくださいって意味ですよ」 「そうか、気負わないようにしよう」  フィンの言葉を補うライに、なるほどとユーリは頷いて見せた。 「なにかあればデイルが全部、面倒を見てくれますって」 「……ライード、お前に言われたくないが。ユーリさま、このデイルにおまかせください。いつでも背をお貸しします」 「ふふっ、本当にデイルはお願いしたら、僕をずっと背負ってしまいそうだな」 「お望みとあらば」  思わず笑ってしまったユーリに対し、真面目な顔をしてデイルが返事をするものだから、驚きでユーリは大きく瞳を瞬いてしまった。  彼はとても顔立ちが柔和で、笑みは穏やかで優しい。だがなぜだかまっすぐと見つめられ、笑みを向けられると、ユーリはそわそわとした気持ちになる。  いたわりが優しいと思う以上に気恥ずかしさを覚えるのだ。 (やはり黒い瞳かな。華やかな色合いのこの国では珍しいからな)  無意識にデイルへ対し、黒色の魔法使いの面影を重ねているのかと、ユーリは少しばかり後ろめたさが湧いた。 「さーて、騎士隊のほうと打ち合わせしてくるかな」 「私も宰相さまに予定調整の相談をしてきます」  ユーリが落ち着かない気持ちで、ちらちらとデイルを見ているあいだに、どういうわけかライとフィンはそそくさと席を立つ。  話の途中だったとユーリが顔を上げても「ごゆっくり」と、意味のわからない返しをされる。  困ってデイルを見れば、彼は「なにか問題でも?」と言った表情を返してきた。 「良いのだろうか。話が中途半端だったような」 「大丈夫ですよ。出発の予定日までは時間があります」 「……デイルが言うなら、大丈夫なのだろうが。僕は頼りない主人だな」 「ユーリさま、焦らないでください。なにもかもこれからですよ」 「うん」  自身の至らなさにユーリが焦り戸惑うと、いつもデイルは優しくなだめるみたいに頭を撫でてくれる。  大きな手が混じりものの髪を丁寧に撫でるたび、誤った道を生きていた自身を許される気がした。

ともだちにシェアしよう!