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第17話 秘密を打ち明ける

 森の内部の確認が終わると、天幕へ戻り調査の詳細を聞いた。  実際に群生地の状況を見たおかげで、早急な対応が必要だと実感できる。  毒素は日に日に広まっているはず。森だけでなく周辺を封鎖する必要性もあるだろう。  それと併せ、解毒薬に必要な材料は少しでも多く届けられるよう上層部へ掛け合う、と約束をした。  必要なものが揃わず、開発が遅れるのは悪手だ。 「殿下の今後のご予定は」 「ああ、この土の出処を探る」 「とても危険な毒です。殿下も十分にご留意を」 「ありがとう。近況はまたいつでも知らせてくれ」  ユーリはほかの局員たちへも言葉をかけ、天幕内にいたライとフィンを連れて外へ出る。視線を巡らせば、馬たちの手綱が繋がれている柵の近くにデイルが一人、立っていた。  傍まで行くと、かすかに足元が光を帯びて輝く。魔法陣の中へ入った証拠だ。 「デイル、ありがとう」 「いえ、話とは先日の、ですか?」 「ああ、僕が八年先で一度死んで、巻き戻ってきたという話だ」  デイルの問いかけに頷いたユーリは、言葉を濁さずに結論から述べる。  さすがに予測のできない事柄だったのだろう。ライとフィンは驚きとともに息を飲んだ。 「体が弱くてじゃない。殺されたんだ。ミハエル・エルバルト・フィズネス――僕の叔父上の手で。彼は帝位が欲しかったのだと思う。僕が最後の継承者だった」 「ユーリィさまが帝位を継いだと言うことですか? シリウスさまやヘイリーさまは」 「未来では、これから五年のあいだに僕以外の候補者は――全員、亡くなる」  思わずと言った様子で声を上げたフィンへ、告げにくい言葉だった。  きっと彼は未来でも候補者だったはずだ。不審死を遂げたうちの一人という意味でもある。 「当時の僕は、いまのように健康ではなく、本当は候補者でさえなかったんだ。でもほかに儀式を受けられる者がおらず、名ばかりの皇帝になってしまった。内務はこなしたけど、外の公務はすべて叔父上が行っていた」 「ユーリィさまが身動きを取れない状況を利用し、国内の地盤を固め、最後はフィズネス公爵が自ら手を下したと」 「おそらく、そうだ。最初は飲み物に毒を盛られたが、ドラゴンの加護が強く、即死に至らなかった。結局は毒で動けなくなり直接、刃を突き立てられたというわけだ。八年後の建国祭の日だった」  冷静なフィンにほっとしながらも、ユーリは話を続けた。 「あとのことはさすがにわからない。けれど叔父上はドラゴンの力を、継承できなかったのではないかと思う。あの人は昔、候補者であったけれど、儀式でドラゴンの力に拒絶されているんだ」  これはユーリが未来で知った話。死の間際に思い出した。たまたま耳にした噂話だが、のちに人知れずメイドが数人、入れ替えられていた。  現在、候補者筆頭として選ばれたのはユーリの兄、シリウスとなっている。ミハエルが失格となった話はおそらく、儀式の結果を知る者たちのあいだで箝口令がしかれたのだ。  なにせ失格で無反応、だったのではない。拒絶され、力にはじかれたのだから。 「いまその話をするってことは、もしかして今回の病の発端がミハエル閣下だと疑ってるって意味ですか?」 「未来でも同じような病が広がった。なかなか収まらず、結局は叔父上が指揮を執り、拡がった被害を収束させたんだ」  訝しげな表情を浮かべたライに、ユーリが疑うきっかけとなった未来の出来事を話せば、彼は小さく唸る。  ミハエルは表向き、とても善良な公爵領主だからだ。  フィズネス領の民だけでなく、広く帝国内で人気があった。 「国民からしてみると、自分たちを救った英雄ってやつですね」 「たぶん未来も今回も、叔父上が直接動いているわけじゃない。上手に駒を動かしているんだと思う。人にそうと悟らせない、巧みな人だ」 「駒、か……」  ため息交じりのユーリに、正義感の強いライは眉間にしわを寄せる。  彼もミハエルを信じていた一人だろう。  ユーリも未来での出来事がなければ、お荷物の自身を世話してくれる、親切な叔父だと思い続けていたはずだ。  いま思えばそれだけでなく、ミハエルにガブリエラが惚れてしまっても仕方ないと――いつの間にか思い込まされていた可能性がある。 「証拠は未来でも現在でも、まったくない。でも僕は叔父上を疑って動こうと思うんだ。だから三人にはちゃんと話しておきたかった。それと、時を巻き戻したのがドラゴンだと予測して調べている」 「なるほど、なぜ急にドラゴンを、と思っていましたがそういう話だったのですね」 「ああ――確かに言われてみれば、誕生日の日から雰囲気が大人びましたよね。体が回復して前向きになったのかな、くらいに俺は思ってましたけど」 「以前といまの僕は、そんなに違わなかったか?」  納得した様子のフィンとライに訊ねてみると、二人はしばし顔を見合わせてから―― 「変わらずユーリィさまでしたね」  と声を揃え、返事をしてきた。その答えを聞き、隣に立っていたデイルへユーリは視線を向ける。  彼は「ほら、言ったでしょう」と言わんばかりに目を細めて、柔らかく微笑んだ。 「でもそれってどうなんだ? 僕は、未来では二十五歳の大人だったんだぞ」  皆が微笑ましそうに見るので、ついユーリは恥ずかしさからふて腐れたふりをする。  そうしたら三人で顔を見合わせ――「精神年齢がちょうどいいのでは」などと言い始めて、今度は「失礼なやつらだ」とユーリは口を尖らせた。  こういった部分が実年齢より幼いのだと、自身でわかっていても、ユーリは三人に甘えてしまうのだ。  これから先の展開はまだわからないものの、この三人でいたら、乗り越えられるのではと思わせてくれる。 「とりあえずは原因を解明して、ユーリィさまの幸せ計画を練らなくてはいけませんね」 「そうだなぁ。せっかく健康になったんだし、満喫した人生、送りたいですよね」 「うん」 (デイルは未来の話になると口が重たくなるな)  フィンとライがにこやかに話している中で、デイルだけがかすかに笑んだまま黙っていた。  なぜ、どうしてと、問いかけたい衝動に駆られるのだが、明確な理由はきっと答えてくれないだろう。それだけはなんとなくユーリも感じている。 (ほかに大事な人がいたのかな。……僕より?)  かすかに浮かんだ嫉妬心。ユーリは己の浅ましさにきゅっと唇を噛んだ。  黒の魔法使いの存在も忘れていないのに、デイルに心をせがむのは不誠実だと言い聞かせる。  だけれど彼を恋しく思う気持ちも嘘ではない。 「ユーリさま?」 「僕には頼もしい〝仲間〟たちがいて、心強いなって」  思わず傍にあったデイルのマントを掴んでしまい、彼に心配げな眼差しを向けられた。 (全然、信じてない顔、しなくてもいいのに)  じっと見つめてくるデイルから、ユーリはぱっと視線を外してしまった。 「あっ、ユーリィさま、いったんクトウへ戻りませんか? これからの打ち合わせをしないと、ですし」 「そうだな」 「でしたら、ユーリィさま。宮殿へ直接、連絡を入れてみてはいかがですか?」 「いいな、それ。俺、通信鏡を借りてきます」  ぎこちない雰囲気に気づいたのか、フィンとライは話の矛先を変えてくれた。  むやみに二人の関係に立ち入ってこないあたり、大人だなと思える。 (確かにこれじゃぁ、本当に僕は精神年齢が子供だ) 「デイル、少し席を外しますね」 「わかった」  先を行くライを追いかけるかたちで、フィンも場を離れた。  はっきりと気を使われているのがわかり、ユーリは気まずくなって俯く。 「ユーリさま」 「……なんだ」 「こちらを見てくださらないのですか?」 「うん、そういう気分ではないんだ」  なんという言い訳か。気分次第でコロコロ態度を変える主人ほど、扱いにくいものはない。  言葉選びも子供じみていて、どんどんユーリは自身が嫌になっていく。 「僕はみんなと変わらない歳のはずなのに、比べようもないほど幼い。情けないな」 「年齢を気にされているんですか?」 「――だけではないけど。未来の僕はなにもしないただのお人形だった」 「ユーリさま。いまを生きてくださいと、私は言いました。時が戻った分だけ、ユーリさまはやり直せます」  いつまでも俯いていると、デイルはそっとマントを拡げ、ユーリをその内側へと隠す。  ユーリの瞳に浮かんだ、かすかな涙に気づいたのだろう。 「デイル、僕は」  涙声で紡ごうとした言葉をユーリは飲み込んだ。  ――デイルと未来を生きたい。  普段であれば言葉の先を問うてくるデイルは、なにも言わずにユーリを抱きしめている。  それが答えなのだ。  いまのユーリにはデイルの意志を変えるだけの力がない。  せめてあと少しだけでもと、ユーリは両手を伸ばしてデイルの背を抱きしめた。

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