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第16話 森の群生地へ
ユーリとデイルがしばしの休息をしているあいだに、魔法局員たちが各地に到着し始め、病の原因とおぼしき場所の調査へ乗り出していた。
言葉に甘え、二泊ほどしたユーリも早速、ライやフィンと合流をして一番近くの森へ向かう。
「ユーリィさま、ドラフィ、ごちそうさまでした。久しぶりに食べましたよ」
「帝都では希少な果物ですから、ありがたい土産でした」
先日送ったドラフィは、どうやら無事にライとフィンの胃袋に収まったようだ。
後方で馬を走らせる彼らの声がユーリの耳元に届いた。
二人とも声が弾んでいるので、本当に喜んでいるのがわかる。ユーリも初めて知った果物だった。きっと毎年数える程度の箱しか帝都へ届かないに違いない。
「祭りは楽しめましたか?」
「……ああ、楽しかった」
フィンの問いかけに一瞬言葉が詰まってしまい、後ろのほうでなにか言われている。
声を伝える魔道具は魔力を込めないとこちらへは届かないのだ。
気恥ずかしくなったユーリはすぐに話題を変える。
「フィン、先に現地へ到着している魔法局の者たちは?」
「周辺の土から採取した成分の分析を行っているところです。おそらく着く頃には成分分析が終わっているかと」
「一見、希少植物の宝庫に見えるらしいですけど、結構危険だって報告ですよ」
「ライの話が本当なら、治療薬の開発も重要だが、周辺の立ち入りも禁じてもらわなくてはいけないな」
のんびり祭りを満喫していたユーリたちとは違い、ライとフィンは宮殿や魔法局との伝達をしてくれていた。たった数日でも事態は動いていく。
「ユーリさま、そろそろくだんの森に近づきます」
「うん」
並走していたデイルに声をかけられ、ユーリは首にかけていた布を口元まで引き上げた。
病は空気感染しないけれど、成分が手や肌に触れた際、浸透する可能性がある。これは万一の感染を防ぐ防護布だ。
合流した時に渡された布と手袋は薄いけれど、魔力が編み込まれているのがわかる。
「ユーリル殿下、ご足労いただきありがとうございます」
森の手前に張られた天幕へ近づくと、魔法局員たちが数人、出迎えてくれた。
「皆、大事はないか?」
「ありがとうございます。問題はありません」
「あなたが今回の責任者であるローディオだな。森のほうへ案内を頼めるだろうか」
一歩前へ足を踏み出した、デイルよりいくつか年上に見える赤い瞳の青年。
魔力はそれほど多くないが、魔法の扱いに長けていると事前にデイルから聞いた。
多すぎる魔力だと、欠乏症になる可能性が高いのではという見解から、自身で名乗りを上げたらしい。
危険な場所へ向かうのは名誉よりも、研究が好きだからと補足もあった。
「お初にお目にかかります。ローディオ・マデリーと申します。いま案内できるのは、群生地手前までとなりますが、よろしいでしょうか」
「それでも構わない。事前に状況を見ておきたい」
「かしこまりました、ではご案内いたします」
局員らに馬を預け、先導するローディオのあとへユーリたち四人は続く。
手袋と口覆いをしているが、念のため付近の木々になるべく触れないよう注意された。
「やはり、毒なのか」
「植物自体に毒性があるわけではありません。ですが植物周辺の土の成分を分析すると、毒の反応がありました。我々もまだ深層部までは立ち入っておりませんが。おそらく奥へ進めば進むほど、希少種が生えており、毒性が濃くなるのではないかと推測しています」
「まるで食虫植物のようだな」
甘い香りを放ち、虫を誘い込む。しかし土に意志が芽生える可能性はないので、最も毒性のある場所から徐々に周囲へ浸透していったのだろう。
だが辺りを見渡しても変わったところはない。緑が鮮やかで美しい、静かな森だった。
この森は帝都からも近いと言える距離。普段から人が立ち入るため、おそらく定期的に手入れが行われているはずだ。貴族が狩猟を楽しんだり、散策に来たりすることもあるからだ。
けれどそこでふとユーリは気づく。あまりに静かすぎるのだと。もう少し動物の気配があっても良いものなのに、地面に足跡や排泄物すら見当たらなかった。
「動物は勘が鋭い。自らこの場所を去ったのか」
「動物たちの移動は、よそからも同様の報告が上がっています。また感染経路ですが、殿下の推測のとおり、植物を採取した際、付着した土が原因でしょう」
「そうか。しかし土の色は目に見える変色が見られないな。これでは特定が難しい」
「いえ、それが、群生地を進むと土に赤みが増します」
「赤? 土に魔力が含まれている? それとも周囲から魔力を吸って赤くなっているのか。だとするとさらに拡がりそうだな。ローディオ、解毒薬は急げるだろうか?」
「はい、早急に薬の生成を進めております。近いうちに症状の弱い方から、薬を投与できるようになるかと」
「わかった。ありがとう」
対応の早い様子にユーリは満足げに頷く。
しかし原因を特定できそうではあるが、大元がわからない。
急に発生し始めた病だ。元々毒性の強い土がどこかにあり、誰かが各地に持ち出したと考えるのが妥当である。希少植物がよく育つという欲に駆られて。
もしかしたら土を持ち出した者は、もう――
「だとしても、そのような場所、一体いつから」
「ユーリさま?」
後ろを歩いていたデイルがわずかに身を屈めたので、考えごとが口に出ていたと気づく。
「あ、うん。突然、こんなにも拡がったのに、出処がわからないのは不思議だと思ってな」
せっかくだからとユーリは振り返り、思っていたことをデイルに伝えた。すると彼も小さく頷き、考え込む様子を見せる。
「そうですね。不自然なほど」
「でも、病は収束したんだ」
「…………」
ぽつんと呟いたユーリの言葉に、デイルが黙って視線を向けてくる。
主語がなかったけれど、未来での話だと気づいたのだろう。
「土が撒かれた場所に規則性がない。ないからこそ、おかしい。病を流行らせる目的を誤魔化すためとも考えられるが、そうとは思えない。町や村に近く、隠すにしては短絡的だ」
「運び出した者は毒の土とは知らず、自分の目の届く範囲に、と考えるのが自然ですね」
「うん。そしてその影に彼らを意図的に、けれど気づかせず動かしている人物がいる」
(やはり叔父上がなにかを握っているのか。未来ではあの人が指揮をして収束した。もしかしたら解毒薬はすでにあり、頃合いをみて収束させた可能性も)
だとすればミハエルが治める、フィズネス公爵領周辺を調べる必要がある。
彼は国内外、問わず信頼が厚い。
疑う者がいないからこそ、手元に堂々と隠しているかもしれない。
ユーリとしてはなるべく近づきたくないけれど、怪しいと思える場所とわかっていて目をつむるわけにはいかない。
原因を特定するには致し方ないと、ユーリは自身に言い聞かせる。
(ついでに近くらしい幻の村とやらを探すのもありだ。そうする前にまず、二人にも話したほうがいいだろうな)
デイルと同じく後ろに控えているライとフィンをユーリは横目で見る。
この二人であれば信じる、信じないは別として、未来の話をしても良いだろうと思えた。
「デイル、あとで少し話をしたいのだが」
「わかりました。準備をしておきます」
「ありがとう」
短く用件を伝えると、デイルは理由を聞き返さず、ユーリの言葉に頷き返した。
小声でもいつ誰かに話を聞かれるかわからない。
主犯がミハエルではないか、などと証拠もないのに口にして、彼や周囲の関係する者たちに目をつけられたくなかった。
ミハエルが、ユーリのように未来を覚えているのかどうかさえ、わからないのだ。
デイルに頼んだのは防音壁、魔法陣による結界だ。
「ライ、フィン。話がある。あとで聞いてくれるか?」
「もちろんですよ」
「なんなりと」
こちらも理由を問わずにいてくれる。彼らの返事にほっとしたユーリは前を向いた。
「殿下、ここまでになります」
先導していたローディオが振り返り、足を止めた。彼の背後には通常なかなかお目にかかることが叶わない、多種多様な植物が群生している。
まばゆいほどの光景に目を奪われそうになるけれど、ローディオの言うとおりわずかに土の一部に赤みが窺えた。
しかし知らぬ者はふらふらと足を踏み出してしまうだろう。
「うん。群生地が目視できるギリギリの距離だな。それにしても驚くべき状況だ」
「あれでも数は少ないほうなのです。もう少し奥へ行くと、さらに一面といった感じです」
「それは、目も眩むだろうな」
そこが毒の地と知らずに迷い込んだ者たちからすれば、宝の山だ。
「土の色に若干の変化は見られるが、草木が枯れることはないのだな。周囲は来た道より緑が生い茂っているくらいだ。赤色に秘密があるのだろうか」
「土に含まれる魔力が植物へ栄養を行き渡らせているようです。しかしそれと同時に毒素を拡げている可能性もあります。毒は精製すると一滴でも猛毒です」
「猛毒、か」
ユーリにとって嫌な響きだ。ミハエルが使った毒は今回のものと同じなのか、疑問が湧く。
「周辺の調査は十分に気をつけてほしい」
「はい、心得ております」
前線で仕事をする魔法局の者たちは皆、完全防備で調査に当たっている。とはいえ万一が起こる可能性もある。
けれど彼らの自負を見くびらずにいようと、ユーリは鷹揚に頷いた。
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