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第19話 心によぎる面影
解毒薬の試作から、完成品が出来上がるまでは思った以上に早かった。ユーリたちがどこから回っていくか、情報の整理をしている数日のあいだ。
製薬をするために使う材料や魔道具の動力――魔力――を四人も助力したが、予想以上の速さで頭の下がる思いがする。
すぐさま各地に散らばる視察隊へ伝達をし、治療して回ることとなった。
症状が軽い病人たちから投与をしていくと、五日と経たず回復していったと、各所から報告を受ける。
強く症状が出ている者は完全な解毒ができなかったけれど、熱が引いたり、皮膚の変色が治ったり、改善が見られたらしい。さらに投薬を続けていけば完治できるだろう。
その結果を受けて、大々的に皇帝――ルカリオのほうでも動きがあった。
森周辺の立ち入りを禁ずるお触れが出され、症状がある者たちを受け入れる、簡易の治療院建設が進んだ。
「ユーリさま、体調は大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう、デイル」
いつものようにユーリたち四人は馬に乗り、移動していた。次でいくつ目の町だったか、そろそろ数えられなくなってくる。
「患者の治療は進んでいますが、森の奥の浄化も進めなくてはいけませんね」
「そうだな。元を絶たないと、いくら立ち入りを禁じていても患者は減らない」
大きな街から小さな集落まで、ユーリやほかの視察隊は患者がいると聞けば、すぐさま手分けをして回った。
薬の精製は魔法局総出で行われており、あちらも休む間がないくらいだろう。もちろん国が動いたので、ユーリたちの部隊以外も多く各地へ派遣された。
それと並行して土の浄化を行う魔法陣の開発も進められている。土地一帯を解毒するには物理では時間がかかるからだ。
「大元がどこか、それも早く探らないとだなぁ」
「そこがなくならない限り、イタチごっこですからね」
後ろで会話をしていたライとフィンにユーリも頷く。せっかくユーリたちが土地を浄化しても、再び別の場所を汚染されては意味がない。
原因を見つけるためにも、主犯と推測されるミハエルの領地、フィズネス公爵領まで行く必要がある。ただ彼の領地は国境にあった。
帝国は宮殿のある帝都が中心だ。高位貴族は大抵が中心部の領地を拝領するのだけれど、ミハエルが選んだのは国の最果て。山を境に隣国と並ぶ土地だった。
ゆえに移動は馬で帝都からひと月ほどかかる。それでも治療で各地を移動しながら、かなり近くまで移動してこられた。
これから向かう町は公爵領まで数日で着く位置にある。
「公爵領からドラゴンの住んでる山が近いって言うのも、意味深だよな」
「そういえば、ホートラッド山の麓は禁足地になっているそうだ」
「え! 禁足地?」
「私も、初めて聞きました」
ユーリの言葉を聞き、ライとフィンが顔を見合わせて驚くのも無理はない。
「僕もだ。陛下に訊ねて初めて知った。元々国境にある険しい山だから、滅多に人が近づかない。いまでは知らない者のほうが多いらしい」
「ドラゴンが住んでるから、ですかね?」
「どうなのだろうな。代々、帝国を治める家門に伝わる決まりだと言うことだが」
「なんだかドラゴンって、あんまり帝国、好きじゃなさそうですよね」
「……一理ある」
なにげなくライは言ったのだろうけれど、ユーリは納得してしまった。
ドラゴンと初代皇帝が友であったと絵本に描かれていたものの、あまりにも帝国との接点が少ない。絵本が何度も改訂されているのもおかしい。
「絵本の初版は帝国にとって、あまりいいものではなかったのかもしれないな。本当は異なることが書かれていたのかも」
「大きな国には良くある話、ではありますが、自国の話となると落ち着きませんね」
「確かになぁ。やっぱり自分の国は誇りだし」
「うん。でもまあ、僕の予想だからな」
「そろそろ町に着きますよ、ユーリさま」
ライやフィンと話しているうちに目的の町に近づいていた。
先導していたデイルの声で遠く――前方を見れば、暮れかけた空に煙突から伸びる煙がたゆたっているのが見える。
数日、野宿が続いたので今夜はベッドで眠れるだろうかと、ユーリは小さく息をつく。
三人が交代で見張りをしてくれたので、ユーリ自身は安心して眠れはしたのだけれど。さすがに固い地面では体の疲れが取れにくい。
なんだかんだと贅沢に慣れた体なのだなと、ユーリは自分が頼りなく思えた。
「ユーリさま、この町の宿には浴室があるそうですよ」
「へぇ、珍しい」
パトルと言う名の町に到着してすぐ、宿の受付を済ませてくれたデイルの言葉に、ユーリは目を丸くする。
なるべく無駄をせず、大きな宿には泊まらないようにしていたのもあったが、中規模の宿で浴室付きはここまで旅してきて初めてだ。
「おー、風呂付き! 今日は疲れが癒やせそうですね」
「ライ、いまから気を抜くんじゃありません」
「いいだろ、ちょっとくらい。フィンは相変わらずお堅いな」
「二人ともお疲れさま。一度、部屋でゆっくりしてくれ。二時間くらい経ったら食堂で合流しよう。デイルもそれでいいか?」
「もちろんです」
借りたのは二人部屋を二つ。いつもの組み合わせで分かれ、それぞれ部屋へ向かった。
毎度お決まりの部屋の総点検が終わると、デイルは荷を下ろし、まずユーリの髪を梳いてくれる。
そのあいだにユーリは軽く自身の手足を拭い、浴室のお湯の温度がちょうど良くなる頃、先に汗を流しに行く。
小さな浴室は魔道具のランプで優しく照らされている。
思いのほか広い室内の真ん中に、湯の張られた大きな樽があった。主に石鹸の泡や汚れを流すために使う。
室内を暖める温石が置かれているので、タイル貼りの浴室はほのかに暖かい。
ユーリは衣服を籠に入れ、手早く体を綺麗にしてから、外にいるデイルへ声をかける。
髪を洗うので声をかけるように言われていたのだ。石鹸で髪を洗うのもいつぶりか。
「宮殿で過ごしてるときより若干パサついたけど。痛んでないのはデイルのおかげだよな」
「ユーリさま、よろしいですか?」
「大丈夫だ」
さすがに真っ裸で対面は恥ずかしいので、ユーリはそそくさと備え付けの湯浴み着に袖を通す。薄手のローブのようなものゆえに心許なくあるが、ないよりも良い。
浴室にやって来たデイルは、シャツやズボンを捲り上げている。
寝るときでも彼はここまで無防備な軽装をしない。おかげでシャツから少し見える胸元に、ユーリはドキドキとしてしまった。
「湯あたりしましたか?」
「え? いや、平気だ。血行が良くなっただけだろう」
「浴室が暖かいとはいえ、体を冷やすわけにはいきませんから、すぐに済ませます」
頬が赤くなったのに気づかれ、ユーリはますます顔が茹で上がりそうになる。
しかしデイルは室内の暖かさと捉えた様子だ。
椅子の後ろに立つデイルは、丁寧にユーリの髪を濡らし櫛で梳いていく。
汚れを軽く落としたあとは暖かな布で髪や地肌を覆い、頭皮を指先で揉んでくれた。
「なんだか寝てしまいそうだ」
「終わったら寝ても良いですよ。食事は食堂からもらってきます」
泡立てられた石鹸は香りがないものの、よく泡立ち、髪も頭皮もすっきりする。
綺麗に洗い流して、デイルの魔法で髪を軽く乾かしてもらう。最後に手入れ用だと荷物に入れられていた、爽やかな匂いがする香油で髪を整えておしまいだ。
「大丈夫ですか?」
「ん、すごく眠いけど」
「体がほぐれたので緊張が解けたのでしょう。ベッドまでお連れしましょうか?」
「……自分で、行ける。デイルもゆっくりするといい」
「はい。わかりました」
デイルの言葉でユーリは一瞬、目が覚めた。
ベッドまで行くと言うことは、着ている湯浴み着を脱いで、着替えるという意味でもある。
最近のユーリはデイルに恋心を抱き、意識をしていた。
素足に触れられるまでは慣れたけれど、裸を見せるのはためらいがある。
デイルからしてみれば、大した行為ではないとしても。
(僕はすごく貧相だから、やっぱり気恥ずかしい)
以前、ユーリがデイルにダンスの経験があるか。そう聞いたのは女性に触れた経験があるかという問いでもあった。
柔らかな曲線を描く女性と違い、ユーリの体は標準的な男性と比べてもガリガリだ。
デイルと一緒にした鍛錬でかなり筋肉はついたけれど、触れて楽しめる体とは思えない。
浴室を出て着替えをしながら、ユーリは大きなため息をついた。
「僕は、デイルとそういうの、したいのか。ますます――どうしたらいいんだろう」
ベッドにパタンと倒れ込み、ユーリは枕を抱きしめながら唸る。
ドラゴンを探すという目的はいまも変わらない。だが黒色の魔法使いを探すのは、気持ちが大きく揺れ動いていた。
「あなたはいまどこにいるんだ?」
時折ふっと、奥底で眠る記憶が揺さぶられる。
かすかにあの人が脳裏をよぎるたび、ユーリはデイルの存在を思い出す。
「デイルが、そうなのか? でもどうして色が違うんだ? どうして――」
考え込んでいるうちにユーリは柔らかな眠気に包まれ、深い眠りへと誘われていった。
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