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第1話 海辺の村のソラ

「ソラ! 何やってるんだ! 狩りに行くぞ」  ぷはっと明るい海面に顔を出すと、アカツキが浜辺で槍を振り回し、大声で怒鳴っていた。  足元では、犬のロロが、尻尾をちぎれんばかりに振りながらグルグルと走り回り、後ろでは、里の男達がクスクスと笑っている。  アカツキは、村の若い男達のリーダーだ。  ソラはじゃぶじゃぶと波をかき分けながら浜に上がり、濡れて重くなった長いお下げ髪を絞りながら言い訳した。 「俺は狩りができないから、行っても邪魔になるだけだよ」 「狩りに行くのは、男の仕事だ。 俺が仕留めた獲物を村に持って帰るには、たくさんの男手が必要なんだよ! 誰もお前に獲物を仕留めることなんか期待しちゃいねえ」  槍を担いだアカツキのキツい言葉に、後ろの男達がドッと笑った。  確かにそうだろう。アカツキは狩りがうまく、キジや兔、イノシシなど、いつも持ち帰りきれないほどの獲物を獲ってくる。  ソラと同じ年頃のはずなのに、ずっと立派な体格をして、分厚い胸板には、綺麗な石や貝殻でできた首飾りをじゃらじゃらと下げている。  顔つきも男らしく精悍で、頭の下半分を刈り上げ、上半分の髪を後ろに束ねた髪型が、とてもよく似合っている。  もうだいぶ秋も深まってきたので、袖のない麻の服から逞しい腕を出して、毛皮を斜め掛けに羽織っている。槍を担いだ腕に彫り込まれた朱の刺青は、太陽を表す円と、波を表すギザギザ模様だ。  ソラは体つきが細く走るのが苦手で、すぐに置いて行かれてしまうし、アカツキと取り巻きたちの、騒がしくて粗野な雰囲気は苦手だった。 「俺は貝を掘ったり、魚を獲ったりしてるよ」  村ではそれは、女子供のやる仕事とされていたが、危なくないしマイペースでできるので、ソラはそのほうが好きだった。 「ちっ、そんなんじゃやってけねーぞ」  そう言い捨てると、アカツキと取り巻きたちは、森の方へ向かっていった。  わわんっ! と元気な声を上げて、ロロもついていく。 「頑張ってねー! アカツキ!」 「期待してる!」  女衆が声援で見送った。男らしくて狩りが得意なアカツキは、女たちの憧れの的だ。  暇を見つけては競って綺麗な石や貝殻を集め、ピカピカに磨き上げてアカツキにプレゼントするための首飾りを作っている。  ソラは、アカツキの槍よりずっと軽くて短い銛を岩場から取って、チクチクした気持ちを押さえつけるようにバシャバシャと波打ち際に足を突っ込んでいった。  狩りの日には、いつもこうやってアカツキに怒られた。黙って置いて行ってくれればいいのに、村の若い男を率いているアカツキは、協調性に欠けてノリも悪いソラがイライラするのだろう。  それぞれが役割を果たして皆の役に立ち、力を合わせていかなければ皆が生き残れない。  それはソラもわかっている。  だから、女子供と貝を掘るだけでなく、こうやって海に潜って浜辺にはいない大きな貝や魚を獲っている。  泳ぎではソラは、誰にも負けなかった。  ざぶんと波間に頭を沈め、ぐいっと水を蹴って進むと、身体が陸の重さから解放された。  頭の後ろで三つ編みにした長い黒髪をゆらめかせながら波間を泳いでいくと、陽光が差し込み、海藻が揺れる浅瀬の景色に、さっきアカツキたちにあざけられたことが頭から消えていった。  海中の岩につかまり、獲物がいそうな岩陰をのぞくと、浅い海底の砂から、砂粒が不自然に水中に舞い上がっては落ちていくのが見えた。  潜ればすぐに届きそうだ。  ソラは水中でぐるりと身体を回転させ、砂の中にガッと手を突っ込んだ。  ──これは大きいぞ。  肘まで砂に手を突っ込んでズボッ! と引き出す。  掌に余るような大きな白い殻から、その倍ほども長さがある太い管を、にょっきりと出している。  ミル貝だ。  これだけ大きければ、たくさん食べられるだろう。汁物にすれば、うまい出汁が出る。  腰に下げた網に放り込むと、網の隙間から管がにょ~んと突き出た。ミル貝は管が大きすぎて蓋をぴったり閉じることも、管を完全にしまうこともできないのだ。  海中の景色を楽しみながら、ポイポイと貝を拾って網に入れていく。のろくさしていたブダイが通りかかったので銛で突いた。  大きすぎて網に入らないので銛に突き刺したまま浜辺に上がっていくと、ちょうどアカツキたちが狩りから帰ってくるところだった。  女たちのキャッキャとはしゃぐ声が聴こえる。 「すごい! イノシシだ!」  小さな子供がアカツキを見る目は、輝いている。 「おう、キジもウサギもあるぞ」 「これから冬を迎えるのに助かるわ~」  アカツキたちは、浜を上がった広場で、たくさんの獲物をむしろの上に並べ、村人に囲まれて笑い合っていた。  そんな様子を浜辺から見上げていると、デカいミル貝を獲ってはしゃいでいたソラの気持ちが沈んでいった。  ちょうどソラの背後を照らしながら海に沈んでいく太陽のようだ。 「見ろよソラ!」  浜から広場に上がる石段の上から、アカツキが誇らしげな顔で腕組みして、ソラを見下ろした。  ソラはぷいっと顔を背け、別の石段から上がろうと踵を返した。 「待てよ!」  アカツキは追いかけてきた。 「血抜きをしたり、羽をむしったり、やることは色々あるだろ!」  ソラだって、ミル貝を洗ったり、ブダイの鱗を取ってはらわたを抜いたり、やることが色々あるのだ。  獣肉を今日食べるのは無理だが、魚介類は今日食べられるのだ。  無視して歩いていると、肩をつかまれた。 「ソラ、ちょっとは……って、うわあああ!」  ソラの肩をつかんだアカツキは、なぜかすぐに慌てふためいて手を離した。 「……なんだよ?」 「お前こそ、ソレ何だよっ」  振り返ったソラが怪訝な顔をすると、アカツキは眉根を寄せて、ソラの腰を指さした。 「え? ……ああ、ミル貝だよ。どうだすごいだろ!」  ソラは腰の網からミル貝を出し、ずずん、とアカツキに突きつけた。  しかしアカツキは、感心するどころか眉間にシワを寄せて顔を引いた。 「……キメェ貝だな。一瞬お前の股間から出てんのかと思っちゃっただろ」  確かにミル貝の管は、マラ棒にそっくりだ。 「でもまあ、考えてみりゃ、お前のがこんなにデカいわけねぇな」  あはは、とアカツキはソラをからかった。 「何言ってるんだよ。俺じゃなくったって、人間のがこんなにデカいわけないだろ」  ミル貝と、ソラのマラ棒の両方をバカにされて、ソラはちょっとムッとして言い返した。ソラのモノが特別小さいわけではない、はずだ。 「フフン、俺のはもっと大きいぜ」  アカツキはドヤ顔で腕組みをした。 「そんなわけないだろ」 「いーや、絶対俺のマラのほうがデカい!」  アカツキはそう言って、ソラの肘をひっつかむと、浜辺の低木の陰に連れ込んだ。

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