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3-4 白冰の杞憂
厨房を後にした白冰 は、別邸の方へと足を向ける。白 家の別邸はいくつかあるが、その中の客人用の別邸は本邸の西側にある。渡り廊下で繋がっているため、行き来は比較的楽で、外に出る必要がない。
渡り廊下の下は水で満たされていて、そこには白い蓮の花と青々とした葉が浮かんでいる。夏の頃は非常に涼しくて良いのだが、冬になると凍りはしないがかなり寒さを感じさせる造りだ。
碧水 の都は湖の上に建てられた建物が多く、市井 の方は運河を行きかう商人たちの舟が特徴的で、水と共存した生活を送っている。故に碧水は湖水の都と呼ばれているのだった。
西の別邸の扉を叩くと、中から扉が開かれ、見下ろし見下ろされる形で翡翠の大きな瞳と目が合った。翡翠の瞳の彼は、へへっと顔を緩めて敵意をこれっぽっちも感じさせない無防備な表情で、こちらに笑みを見せた。
「無明 、竜虎 殿、片付けは終わったかい?」
「うん。ほとんど清婉 がやってくれたおかげでもう済んだよ。白冰様たちも玄武の宝玉の封印終わったんだね」
白冰はこの数日の関わりで、無明が時々敬語を使わないことに対して少しも腹が立たなかった。むしろ新鮮で、それを許せる雰囲気が彼にはあり、自然すぎてそれを無礼だとかそんな風に思う事すらなかったのだ。
「君たちも初めての長旅で色々と疲れただろう? 休ませてあげたいところだけど、母上がどうしても君たちのために宴を開きたいと言うものだから、もう少し付き合ってもらうと助かる。金虎 と違って豪華なもてなしはできないが、食事会だと思って気軽に楽しんで欲しい」
「お心遣いありがとうございます。まだ挨拶もできていないので、場を設けてもらってこちらも助かります」
きっちりと腕を囲って揖し、もうひとりの公子である竜虎は挨拶をする。
無明とはまた違い、公子らしいこの少年には、道中きつい態度を取ってしまった。弟が絡むと大人気なくなってしまう自分の余裕のなさに、反省せざるを得なかった。
「あと、俺のことも竜虎と呼んでください。明日からはこちらで修練も参加させてもらうつもりです。それに、白冰殿と違い、俺はまだまだ修行の身なので、殿などと呼ばれる資格もないですし」
「資格がないというのは違うと思うけど、師と弟子としての関係ならばこちらも気兼ねなく呼ばせてもらおう。でも私は君の師にはならないけどね」
え? と竜虎は首を傾げる。白冰は大扇を開き、口元を隠すと、ふっと笑みを浮かべる。
「私は符術や術式系の術士専門の師なんだ。君はどちらかというと剣術と体術系だろうから、君の師は白笶になるだろうね」
「ああ·······そうなんですか、」
竜虎はあからさまに何とも言えない表情を浮かべ、気まずそうにしている。代わりに無明は、はいはい!と右手を大きく振ってはしゃぐ。
「いいなぁ。じゃあ俺は白冰様に教えてもらう!」
「そういうことになるかな。でも君は他の弟子たちに混ざって、というよりは個別になるかもだけどね」
苦笑いを浮かべ、白冰は肩を竦める。彼が弟子たちに混ざって修練などをしたら、弟子たちが自信を無くす可能性が大きく、未来の術士候補の道が頓挫してしまう気がしてならなかった。
「そうなの? 友達ができると思ったのに、残念」
「いや、お前がみんなと一緒に大人しく修練を受けられるわけがないだろ? すぐに疑問ばかり口にして邪魔をするだけだからな」
はあと嘆息し、竜虎は見てきたように起こるだろう問題を口にした。無明の性格からして、ひとつひとつのなんで? どうして?を解決しないと先に進めないのだ。それを知っているため、白冰の采配は間違いないと感心する。
「では宴の準備ができたら誰かに呼びに行かせるから、それまではゆっくりしていて。慌しくて申し訳ないが、私はこれで失礼するよ」
ふふっと笑って白冰はまた後でね、と扇を振った。別邸を後にし、遠回りになったが自室へと戻ることにした。
金虎の公子たちは伸びしろが未知数で、鍛えがいがありそうだ。そんなことを考えながら、渡り廊下を歩いていると、珍しい者が目の前から歩いて来るのが見えた。
「白笶、これから公子たちの所に行くのかい?」
というか、正確には無明の所というのが正解だろうが······。
いつも無表情で感情が読み取りづらい弟の眼差しは、少し穏やかに見える。白笶は揖 して挨拶をした後、はいと低い声で答えた。
「君に仲の良い友達が出来て、私は嬉しいよ」
白笶は十八の青年だが、まるで十歳くらいの少年にかけるようなそんな言い方に、眉を顰める。それに反して、兄である白冰はしみじみと噛みしめるようにそんなことを言うので、なんと言って返したらいいか迷う。
白笶はとりあえず頭を下げ、あえて答えずに去ることを決める。さっさと行ってしまった白笶を見送り、楽し気に白冰はそのまま足を進めた。
どのくらいこの碧水に滞在するかは定かではないが、それまでの間、白笶があのような表情でいられることを喜ばしく思う。
ぱたぱたと大扇で仰ぎながら満足げに笑みを浮かべて、白冰は改めて自室へと足を向けるのだった。
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