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3-3 双子の事情

 白群(びゃくぐん)の一族は少し特殊で、宗家である直系の(はく)家とそこから分かれた分家が三家存在する。(せつ)家、()家、()家の三家で、それぞれ操れる水の力が違っていた。  白家は宗家なのですべてを司る力を持ち、他の三家はそれぞれ使える力が限られていた。雪鈴(せつれい)たちは名の通り雪家で、氷を司る能力だけを持つ。 「ふたりもお若いのにしっかりしていて、白群の方々はみなさん、術士のお手本のような方々ばかりなんですね、」  作業をしながら、慣れた手つきで清婉(せいえん)が独り言のように呟く。雪陽(せつよう)はその言葉に自虐的な笑みを浮かべた。 「いや。そんな立派な人間ばかりじゃないさ。それに本当の意味で該当するのは、宗家の人たちくらいだろうな。一族の中でも双子は、昔からあまりよく思われていなくて、俺たちは雪家から事実上絶縁されている。親族たちさえ見限った俺たちを、宗主である白漣(はくれん)様が引き取ってくれたおかげで、今こうしてここにいられる」  清婉はなんだか悲しい気持ちになる。立派な家柄に生まれたのに、ただ双子だと言うだけで絶縁されてしまうなんて。けれども宗主はやはりすごいお方だと改めて感心する。 「雪陽、珍しいね。その話を他人にするなんて。それほど清婉殿が気に入ってるんだね」  横で聞いていた雪鈴が、ふふっと嬉しそうに微笑する。包丁のとんとんという音と一緒に、優しい声音が右側から発せられる。 「そうなの?」 「え? なんで私に聞くの?」  雪陽は首を傾げて雪鈴に訊ねる。あはは······と雪鈴は無自覚だったらしい雪陽に、困ったように笑いかける。  そんな仲の良いふたりに挟まれ、清婉はどこかの賑やかしい公子たちを思い浮かべて、なんてここは平穏なんだとしみじみ思う。 「おふたりが今のおふたりであること、私はとても嬉しいです」    人参と大根を薄く切って花のような飾りを作り上げながら、清婉は満足げに頷いた。  それは何気なく呟いた言葉で、特に何も考えていなかったため、横にいるふたりがどんな表情をしているかなどまったく気にしていない様子で。 「よし、できた。どうですか、こんな感じで飾ると彩が出て皿全体が美しく見えるんですよ。無駄な才能ですが、私の唯一の特技です」 「すごいです! こんなの高い料亭でしか見たことないですよっ」 「なにこれどうなってるの? すごい才能」  ふたりは目を輝かせて、皿の上の飾り切りで作られた先ほどまでただの人参と大根だったものを、覗き込む。  それまではただの刺身皿だったのに、白い花と橙色の花が咲いていて、それがあるだけでとても華やかに見えた。 「家事全般はこう見えて得意なんですよ。幼い頃から叩き込まれましたからね」  生粋の従者である清婉は、にこにことそんなことを言うが、雪鈴と雪陽はなんだか複雑な気持ちになる。  しかし、見上げれば清婉はどこまでも晴れ晴れとした顔で鼻歌を歌っていたので、逆にふたりは反省する。 (従者であることをこんなに明るく話す方は初めてだ。誇りを持っているんだな)  従者というのは主人のために尽くすことがすべてで、そこにあるのは自分の意志とは関係なく、強制的なものなのだと思っていた。雪鈴は自分の価値観が間違っていたことを恥じる。 「俺にも教えて?」 「いいですよ。これをこうして、こうです。簡単でしょう?」  おお、と何度見ても神業な手さばきに雪陽は興味津々のようだ。ふふっと雪鈴は微笑ましく思いながら、自分の作業を進める。兄弟も家族もふたりだけと支え合ってきたが、まるで兄ができたようで、胸の辺りがほんのりとあたたかくなるのを感じた。  あんな風に自分たちを想ってくれる、少し頼りないけれど素朴で優しい青年に、雪鈴は今まで感じたことのない感情を抱く。  それがなんなのかは、解らないが、安らぎを感じるのは確かだった。  雪陽と清婉と三人でいる、この時間がずっと続いたらいいと思ってしまうくらいに。  たったふたりだけだったセカイに、いつの間にか加わったその存在の大きさに、笑みを零さずにはいられなかった。

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