58 / 144

3-2 清婉

 邸に戻ると宴の準備で弟子たちが忙しく動いていた。白冰(はくひょう)は進み具合を確認するため、玄帝(げんてい)堂から戻って来て間もなかったが、抜かりがあってはならないと広間や厨房を見て回っていた。  白冰が厨房に足を踏み入れると、気付いた弟子たちが慌てて挨拶をしてくる。まさかこんな所に公子が来るとは、誰も思っていなかったようだ。 「手を止めさせてしまい申し訳ないね。気にせずに続けてくれ。おや。君は客人だから休んでいて構わないのに」  蓮の花の模様の白い衣の者たちの中に、黒い衣が混ざって悪目立ちしているので、思わず声をかける。金虎(きんこ)の公子たちの従者である清婉(せいえん)である。    食材を両手に抱えたままこちらに挨拶をしてきた青年は、包丁を持つ雪鈴(せつれい)と、まな板を持つ雪陽(せつよう)に挟まれていた。どうやら料理を手伝っているようだ。 「いやぁ。何かしていないと落ち着かなくて。どうせならお手伝いをと思って」 「清婉殿は手際が良いし、すぐに理解してくれて助かります」  こくりと雪鈴の言葉に雪陽が頷く。  広い厨房には、この三人と他に五人ほど弟子たちがいた。白群(びゃくぐん)の一族は従者を召し抱えてはおらず、弟子たちがその役目を担っている。  弟子たちを纏めているのは雪鈴と雪陽のふたりで、その下に現在は二十人ほどの弟子がいる。  まだ術士として修業中の者たちだ。術士として称号を得た者たちは宗主を主とし、命令に従い各地の怪異を治めている。  年に一度だけ皆が集まる日があるが、それ以外は基本的に邸を空けていることがほとんどだった。 「白冰様、何かご入り用ですか?」  必要なものでもあるのかと思ったのか、雪鈴が首を傾げて訊ねてきた。両方の袖を紐で括って汚れないように腕を出して、包丁を手に持つ雪鈴は、まだ若いのにまるで皆の母親のように見える。 「いや。一応主宰なので進み具合を確認しに来ただけだよ。邪魔になる前に去るから、私のことは気にしないでくれ」  大きな鍋の方からいい香りのする厨房に長居しても腹が減るだけなので、白冰はぐるりと見回して、大扇を揺らしてさっさと出て行った。 「白冰様は公子の中の公子って感じで素晴らしい方ですね」  たまに怖いけど······と清婉は本音の方はしっかりと心の中で呟く。 「俺たちの師でもある。術式や陣は白冰様が、剣術や体術は白笶(びゃくや)様がそれぞれ指南してくれている」 「あんなに若いのに!? やはりふたりそろってすごい方々なんですね」  雪陽はまな板を置いて、抑揚なく話しているが、清婉が嫌みではなく純粋に自分たちの師を褒めてくれるので、どこか誇らしげであった。  

ともだちにシェアしよう!