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3-8 修練開始

 竜虎(りゅうこ)を含む剣術系の術士候補の弟子たちは十六人おり、残りの五人は邸の敷地内にある、別の修練場で符術系の白冰(はくひょう)の修練を受けているらしい。  ここは(はく)家の裏手にある霊山の中腹辺りで、周りは高い崖に囲まれている。足場が悪く、修練場だというのにあまり整備されていないようだ。  白笶(びゃくや)雪鈴(せつれい)が前に立ち、十六人は前後に八人ずつ二列で横並びしていた。竜虎はこちらの修練に雪鈴(せつれい)が参加していることが意外だった。見た目からしても細身で剣など握れなそうだが······。 「みんなも知っている通り、今日から金虎(きんこ)の公子である竜虎殿が一緒に修練をすることになりました。けれどもこれはあくまで修練。公子も内弟子も関係ありません。いつも通り、遠慮なく全力で励んでください」  にこにこと満面の笑みでそんなことを言う雪鈴の言葉に、弟子たちは少し躊躇うが、はい、と揃って返事をした。  白笶は例の如くひと言も言葉を発していないが、それを補うように雪鈴が説明してくれる。ある意味均衡のとれた組み合わせなのかもしれない。  そして実際修練が始まると、白笶はひとりひとりに短いが的確な指示を出していた。一対一で手合わせをする形式で、準備運動のようなものなのか、体術の基本的な動作から始まった。 (体術は得意な方だが、やはり一族ごとに形は違うんだな)  組み相手から繰り出される突きや蹴りを受け流しながら、そんなことを考える。こういう状況で思い出すのもあれだが、兄の虎宇(こう)との一方的な手合わせに比べると、余裕すらある。あんな性格だが、兄弟の中で実力は一番上なのだ。  しかし気を抜けば危うい攻撃に、手を抜くなんていう選択肢はなかった。 「······基本は問題ない。踏み込みの際の利き足に注意すれば、より速く動ける」 「あ、はい。やってみます」  今までその場その場で臨機応変に動くことに慣れているせいか、利き足を意識したことがなかった竜虎は、改めて言われたことを実施してみる。  すると、先程よりも一歩速く動けるようになった。当然繰り出される拳の力も増して、組み相手が両手で塞いだのにも関わらず大きくよろめいた。 「ごめん、平気だった?」  そのまま地面に倒れてしまった相手に手を伸ばして、そのまま立ち上がらせる。 「ああ、途中で気付いて手を抜いてくれただろう? おかげでこの通り、怪我はない」  自分より二つ年上の十七歳だという目の前の青年は、内弟子になって五年ほどだという。始めたのが遅かったため、他の内弟子たちの中でも一番上だ。  それを考えると、自分と同い年の雪鈴が教える側にいるというのは、かなりの実力の持ち主なのだろう。 「······君は、その足が武器と言っていいだろう。誰よりも速く動けるのは特別な才能だ。それを伸ばしていけば実践でも役に立つ」 「ありがとうございます」  物差しでも背負っているかのように真っすぐ伸びた背は、どこまでも凛としている。白笶は表情を変えることなく見下ろしてくるので、怒られているわけでもないのに緊張する。 (そういえば虎宇もそんなことを言っていたな······その時は嫌みにしか聞こえなかったから、あんまり参考にしなかったけど)  やはり教える者の存在というのは大事だと思い知る。反発する者から教わるのと、先入観なしでちゃんと見てくれる者から教わるのでは、違う。  前者は前者で負けず嫌いな自分には合っていなくもないが、素直に指示が聞けないためあまり身にならないのだ。  なので、白笶の指導は考えて試してみるという、自己啓発に繋がるように思える。やってみて結果も出た。  よし、と頷いて、竜虎は手応えを感じる。  剣術の修練は木刀を使って行われた。まだ霊剣を持たない者が多く、実践でない限りは使わないらしい。白笶はひとりひとりを相手に稽古をつけ、自分は素手で応じていた。  実際、一太刀も彼に掠ることなく、そのすべてを受け流すか、かわしてしまうのだ。  全員の長所と短所を伝えた後は雪鈴に代わり、同じようにひとりひとり向かっていくのだが、彼の木刀によって容赦なく叩きのめされてしまう。 「あはは。みなさん、そんなことでは本物の妖者は倒せませんよ?」  ぜぇぜぇと疲れ切って座り込む内弟子たちを見下ろして、笑顔で笑いながら言う雪鈴は、いつもの穏やかで優しい表情はそのままで、それが逆に恐ろしいと誰しもが思っている。    内弟子たちは慣れているが、彼の実力も性格も知っているため、余計に弱音は吐けない。  竜虎は唯一まだ辛うじて地面に立っており、木刀を構えていた。肩で息をし、その一撃一撃の重さに驚いていた。 (下手をしたら無明と同じくらいの腕の細さなのに······どこにあんな力が?)  しかも全員を相手にしたのに、まったく息を切らしていない。体力も腕力も実力もすべて、ここにいる十六人より遥かに上だ。 「いいですね、その表情。竜虎殿は鍛えがいがあります」  ふふっと雪鈴は木刀の先を竜虎に向ける。言われるまで気付かなかったが、竜虎は自分が笑っていることに今更気付く。 「本当、可笑しいよな。身体中痛いし、疲れて動きたくないけど、なんていうか、久々に楽しい時間なんだ」 「それはお役に立てて良かったです」  にっこりと口角を上げて雪鈴が返す。それは嫌みでもなんでもなく、本当に心からそう思っているようだ。  ぎゅっと両手で木刀を握り締め、再び地面を蹴って向かっていく。そうして何度も叩きのめされ、長くて短い一日目が終了した。

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