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3-24 交差する記憶

「ごめんね。私たちはこれから一方的に話をすると思う。君の質問には答えられないんだ。なぜなら、私たちは、ただの記憶の欠片でしかないのだから」  無明(むみょう)は言葉を失う。  あの時、狼煙(ろうえん)が少しも迷うことなく、間違いないと言った意味が、今更解ってしまった。だって、こんなにも、自分とそっくりなのだから。 「私たちの前に君がいるということは、また繰り返されてしまったということ、だね。すべての記憶を消去して、真っ白な神子(みこ)がこの世に生まれ落ちた。つまりは、君は、色んな意味で始まりの神子ということになる」 「今までの神子とは違い、記憶を受け継いではいないし、生まれた環境によって性格も違うかもしれない。けれども、その魂は同一。四神との契約も可能。そして、その体質も同じもの」  前後で交互に会話が行われる。どちらも同じ声だが、前の方の神子は明るい声音で、後ろの始まりの神子の方は、どこか静かでゆっくり話す印象があった。 「国ができる時、神は神子の身体を使って四神と黄龍を産ませた。それはのちに土地を守護する聖獣となり、その地で一番霊力の強い者にそれぞれの血を飲ませたことで、今の五大一族が各地を統べることになる。直系だけが特殊な力を持つのはその名残」 「陰と陽は隣り合わせ。神はもちろん光と闇を創った。晦冥(かいめい)の地を統べていたのは、黒曜(こくよう)という神だった」  晦冥(かいめい)を統べていたということは、烏哭(うこく)の宗主は、人ではなく黒曜という名の神だったということだろうか。    無明は違和感を覚える。   「この身体は魂を宿して生まれたその時から、特殊な体質になる。神と名の付く存在のみが、善でも悪でも子を宿せる。孕ませるにはその霊気を注ぐ必要があり、女でも男でも例外はない。善であれば神子の眷属が生まれ、邪であれば闇の化身が生まれる」 「かつて始まりの神子であった私は、彼の、黒曜の傍にいることを望んだ。故に、この身と魂を二つに分け、もうひとつの魂が神子として永遠に転生し、この地の穢れを浄化することになったのだ」  どういうことだろう? と無明は眉を寄せる。しかし、その答えはすぐに神子たちから語られる。 「黒曜は本来、穢れをその身に移すのが役目だった。しかしこの地は延々と穢れを生み続けた。やがて彼の中で溜まった穢れから生み出された邪神が、彼を蝕んでいき、邪神は時折彼に成り代わって、私に闇の化身を生ませた。それがのちに烏哭(うこく)の四天となった」 「黒曜は自分の意識がまだある内に、封じられることを望んだ。その真実を何百年も知らずにいた私は、突然夢の中で始まりの神子からそのことを知らされ、考えた末に決断したんだ」  黒髪の方の神子が小さく笑う。無明はただ聴いている事しかできない自分に、もどかしさを感じる。  この話は、まるでお伽噺のようだが、遠い昔に実際にあったことなのだ。 「私たちは再びひとつとなり、黒曜と共にその身と魂で、邪神と四天、あの場に集まるであろう、できるだけ多くの闇の化身たちを封じることを決めた。あとに残される問題を解決し、封印がいずれ解かれてしまった時のことまで考えて、四神の中に記憶として残した」 「宝玉もいずれは役に立たなくなる日が来るだろう。四神の守護は必須。神子の契約は絶対。そして、この地の穢れを浄化するために、今度は君が神子として役目を果たさなければならない」  この地の脅威となっている妖者や妖獣は、黒曜の意志とは関係なく、邪神が自身の穢れを使って生み出したモノで、それを浄化するために、神子の魂が転生を繰り返していたということ。  それは数百年前に一度止まり、封印が解かれたことで魂が解放され、再びこの世に生まれた。  それが、自分なのだと。

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