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3-23 ふたりの神子

 その中は真っ暗闇だった。  どれだけ歩いてもなにも変わらず、やはり自分には契約などできるわけがないのだと思ってしまう。  しかしこの暗闇は不思議で、自分の姿だけははっきりと見えるのだ。だからこの空間は本物ではなく、創られたものなのだと妙に納得してしまう。 「捜すにしても······どこをどう捜したらいいんだろう?」  ひとり言になると解っていても、不安を消すために口に出してみる。目印などあるわけもなく、とりあえず前に進んで行く。 「······あれは、」  またしばらく歩き続けていた時、ある変化が訪れる。白い光を湛えた鳥が、小さな翼を羽ばたかせて飛んでいく姿が目に入った。それは唐突に目の前に現れ、無明(むみょう)はそれを目印にして歩を速めた。  だんだんと近づいてくるその光の鳥は、無明の歩幅に合わせるようにゆっくりと羽を上下させ、少しすると顔のすぐ横を飛んでいた。  そして急に目の前に飛び出て来て大きく翼を広げたかと思えば、小鳥のような大きさから、孔雀のような大きな光の鳥へと姿を変えた。  無明は思わず足を止める。 『さあ、私について来て』  鳥が羽ばたくと、光の羽根が数枚舞う。暗闇の中で唯一の光は、大きな翼を広げて前へ前へと進んで行く。無明は足早にその光を追う。  その光はだんだんと大きくなり、突然、真っ暗だった視界が真っ白に染まった。思わず瞼を閉じて立ち止まり、右腕を顔の前に翳して、その光を遮る。  気付けば強い光は止み、ゆっくりと目を開けると、その先に広がっていたのはどこまでも広い空間だった。  そこは、青い空が果てなく続く空間で、足元には(くるぶし)くらいまでの水面が、空と同じようにどこまでも広がっていた。  透明な水面に天井の空が反射して、上下に空があるのかと錯覚してしまう。    幻想的な空間に、ぽつんと取り残されたかのように無明は立っていた。 「ここは······、」 「ここは、契約の間。神子(みこ)の記憶が交差する場所」  その声に、思わず、振り返る。  自分とまったく同じ声。 「君、は······だれ?」  そこに立っていたのは、黒い衣を纏い、無明が少し前まで付けていたような仮面で顔を覆った、白銀髪の少年だった。  長いその白銀髪は膝の辺りまであり、老人の白髪とは違い、艶やかで美しい絹糸のようだった。 「私は、始まりの神子」  仮面の奥の瞳は翡翠で、唇しかまともに見えないが、口角が上がっており、どこまでも穏やかなのは解った。 「そして私が、その後に生まれた、始まりの神子の魂を受け継ぐ者」  今度は前の方で声が反響し、無明はもう一度そちらに顔を戻す。  そこには、後ろに立つ始まりの神子と名乗る者とはまた違う、けれども同じ声のもうひとりの神子がいた。  奉納舞の時に無明が着た、白い神子装束に似た衣を纏ったその少年は、鏡でも見ているかのように無明と瓜二つで、まるでここに広がっている空と水面のようだった。

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