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4-21 あの日の真実

 逢魔(おうま)藍歌(らんか)の邸に向かう前に、用事を済ませておこうと晦冥(かいめい)の地へと足を向ける。  途中、黒衣を纏った怪しげな男を見つけ、その後をつけて行ったところ、思いもよらない場面に出くわした。  結界壁の前で男が襲われて倒れ、息絶える。青い鬼面は闇夜に悪目立ちしており、逢魔はじっと目を凝らしていた。  その手に握られた灯篭の中の紫色の光は禍々しい気を放っており、それは忘れもしない存在を逢魔に思い出させた。 (あれは······まさか、)  その瞬間、透明な糸が逢魔を捕えようと目の前で分かれて広がった。するりと身を翻し、後方へ飛んでそれを軽く躱す。 (結界壁の様子を見に来てみれば、それ以上の収穫だったようだ)  闇に身を隠して姿を晦ませる。鬼面の青年はその先へ何の影響も受けずに進んで行った。その様子を見て、やっぱりね、と逢魔は肩を竦める。  あの結界は、とっくに効果を失っている。それでも殭屍(きょうし)が越えて来ないのは、来れないのではなく、行かないように命じられているだけなのだ。  新しく施した者の仕業か、もしくは施した後に細工をしたか。見た目は完璧に結界壁。並みの術士が見ても解らないだろう。そもそもこの地を訪れる者などいない。  あの夜、無明たちは導かれるようにこの地にやってきた。あの二枚の文を送った主は民ではなく、鬼面の青年だろう。より興味を持つだろうこの晦冥(かいめい)の地での依頼を、無明が選ばないわけがない。  そして用意されていた陣が発動した。ここで霊力を失うほどの力を使わせ、竜虎(りゅうこ)と共にそのまま保護して、邸に連れ帰るつもりだったはず。  白笶(びゃくや)が現れたのは予想外だったろうし、仮に白笶が現れなければ傍で見ていた逢魔が出て行った。  会話を聞く限り、逢魔の存在は話していなかったようだ。 (そこでまた計画は変わったってことだね、)  それさえも計算済みだったのかもしれない。もしもの時のために、藍歌に毒を盛らせるように言葉巧みに操り、結果、無明の仮面の封印は解かれた。  謀主の読み通り、五大一族の前に素顔とその能力を晒すことに成功する。  そして、宗主に決断させる。  無明を紅鏡(こうきょう)の地から旅立たせることを。  特別に無明に期待を寄せていた宗主は、よりその才能を伸ばしてやりたいという気持ちになったはずだ。 (そして、諮らずとも、神子が巡礼を始める十五歳の年に、各地を巡る旅に出すことに成功したってことか)  逢魔には、ふたりの会話がはっきりと聞こえていた。  あの灯篭の中の光は、間違いなく、邪神、夜泮(やはん)だった。身体を失った奴が、欲しているのはその身を宿すための身体だろう。 (まさかとは思うけど、神子の身体を奪うつもりなのか?)  そんなことはあり得ない。邪神に身を空け渡すわけがない。それ以前に、神聖な神子の身に宿ることなど不可能。 (それを可能にするなにかがあるのか?)  四神の契約がどうのこうのと言っていた。そもそも四神の契約を結べば、奴らが動きにくくなるだけだろう?それなのに手助けをする理由はなんだ?  わざと宝玉を穢れされ、契約をせざるを得ない状況を作った本当の目的は? 「師父(しふ)に······白笶に、知らせないと」  今世では師父(しふ)と呼ぶなと言われているんだった、と思い出して言い直す。  あの鬼面の青年が誰かということは、今はとりあえずどうでもいい。いずれ解ることだろう。  逢魔は懐に忍ばせた文と小袋を取り出し、藍歌の邸の縁側にそっと置いた。  音は立てていないつもりだったというのに、奥から現れた影に、思わず顔を上げる。 「あ、えっと、こんばんは?」  その間抜けな挨拶に、くすくすと肩を揺らす少女のようなその人は、逢魔を見て悲鳴を上げることも、怯えることもなかった。  あろうことかその場に跪き、深く拝礼をし始めたのだ。

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