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4-25 神子の印

 竜虎(りゅうこ)清婉(せいえん)が眠りについた頃、無明(むみょう)白笶(びゃくや)逢魔(おうま)を呼んで三人で湯に浸かっていた。  乳白色の温泉は露天風呂で、顔は涼しく身体はその分あたたかい。  話し合った後に一度みんなで入ったので、無明と白笶は本日二度目の湯だった。  逢魔は正直な話、湯に浸かる必要はないのだが、どうしても一緒にと無明が言うので、男三人で浸かっているのだ。 (それにしても細いな。ちゃんとご飯食べてるのかな?)  生白い自分の肌は仕方ないとして、無明は細い上に色白だ。  いつもと違い、頭の天辺にお団子を作って纏めている。ほんのりとお湯のおかげで色付いているが、手足も腰も細いことに変わりはない。 「どうしたの? 今日は静かだね、」  珍しいものでも見るように、無明は逢魔に声をかける。 「まったりしてるだけだよ。ああ、そうだ、ほら、前に言ったこと憶えてる? 神子の印のこと」  あの渓谷で衣を剥がれたことを思い出す。  ああ、と無明は今更だが恥ずかしくなってきた。あの時は呆然としていたが、今思えばすごいことをされていたのだと。 「俺、そんなの見たこともないんだけど。白笶、知ってる?」  なぜ自分に訊くのか、と白笶は心の中で激しく動揺をする。しかしいつもの如く顔には出ない。便利な顔だと逢魔は肩を竦める。 「腰の、······右側に、······五枚の花びらの痣が······」  主に忠実な華守(はなもり)は、口ごもりながら答える。それを聞いて、逢魔は大爆笑していた。 「あはは! もうホント、最高だよ! わ、笑いすぎて、腹が痛いっ」 「逢魔、なんで笑ってるの? そんなに変な痣なの?」 「ちがっ······そうじゃなくてっ······くくっ······」  バシャバシャと湯を叩いて、逢魔は涙目で引きつりながら答える。 (変わらないなぁ。うん、ふたりは昔からこんな感じだった)  幸せだ、と逢魔は眼を細める。よしよしと無明の頭を撫でて、その手をそのまま頬に滑らせて囁く。 「とても、綺麗だよ、」  かあぁあと無明は真っ赤になる。顔が良い逢魔は、まるで恋人に言うように真顔でそんなことを言うので、思わず言葉を失ってしまう。 「逢魔って、······いつもそうなの?」 「あなたにだけって、言ったでしょ?」  ふっと微笑を浮かべ、絵に描いたような美しい青年は、顔を覗き込んでくる。しかし、急に無明の顔が遠ざかる。 「近い。離れろ」  白笶は無明の肩を抱いて自分の方へ避難させる。  えーずるい。俺も俺も。と逢魔が磁石のようについて回る。くすくすと頭上で繰り広げられている攻防に、思わず無明は笑ってしまった。 (あの神子も、こんな風に三人の時間を過ごしていたのかな?)  玄武の氷楔(ひょうせつ)の中で見た神子は、笑っていた。自分も、あんな風に笑えているだろうか。 「ごめんね······ありがとう、ふたりとも」 「どうして謝るんだ?」  ありがとうはいいとして、どうしてごめんね、なのか。  白笶は不安になる。あの時も神子はそう言っていた。ごめんね、ありがとうと。 「······なんで、だろう?」  自分でも自然に出た言葉で、そこになにか意図もなければ理由も見つからない。無明はぽろぽろと勝手に溢れてくる涙に驚いていた。 「大丈夫だ······どこにも行かない。ここにいる」  白笶は、そっと無明を引き寄せて抱きしめる。逢魔も心配そうに頬を流れる涙を拭う。 「泣いてもいいよ。俺が涙を拭ってあげるから」  言って、困ったように笑う。泣かないで、とは言えなかった。どうして泣いているのかもわからない無明は、ふたりの言葉に救われる。  いつまでも続けばいいと、そう、思ってしまったのだ。  そんなことは赦されないと、心のどこかで解っていながら。  翌日、一行は玉兎(ぎょくと)の都へと向かう。  竹林に囲まれている玉兎(ぎょくと)の都は、趣があり、竹よりもずっと低い建物が多く、全体的に黒を基調とした木材を使用しているせいか、他の色がよく映えて見えた。  聞いた話では、冬は雪が降れば白が映え、春や夏は緑が、秋には朱が映える、美しく賑わいのある都の、はずだった。  しかし、夕刻前に着いた都はまるで廃都かのように静まり返っており、市井(しせい)は人の影がなく、風の音だけがひゅうひゅうと道を歩いていた。  そしてその先の姮娥(こうが)の邸に着いた無明たちを待っていたのは、思いも寄らない出来事だった。

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