115 / 141

5-6 姮娥の邸へ

 竜虎(りゅうこ)清婉(せいえん)、そして偶然出会った朎明(りょうめい)たちは、都の外れ、竹林の中にある姮娥(こうが)の邸に向かいながら、都の事に関して知っていることを話し合っていた。  朎明は口数が少ないが、質問にはしっかりと答えてくれた。もちろん話せる範囲で、だ。  姮娥の一族には姮娥の一族のやり方があり、部外者に知られたくないこともあるだろう。それを理解した上で、竜虎は言葉を選んで訊ねる。 「それで、薊明(けいめい)宗主の具合は? 他の術士たちは?」  歳の近いふたりは、最初こそ敬語だったが、途中からはそれぞれ話しやすい話し方に変わった。  道を案内をするため前を歩く朎明の足が、ぴたりと止まる。少しして竜虎たちの足も止まる。 「母上には会えていない。姉上は問題ないと言うけれど、実際その姿を見ていないから、断言はできない」 「蘭明(らんめい)殿が言うなら心配ないんじゃないか?」  別に楽観的に言っているのではなく、噂に聞く宗主の長女蘭明は、聡明なだけでなく人当たりも良いので、公子たちの間でも評判が良かった。  実際、竜虎も何度か言葉を交わしたことがあったが、いつでも優しく笑みを浮かべている、おっとりとした美しい女性だった。  逆に、目の前にいる朎明は、あまり表情が変わらず言葉数も少ない、寡黙な美人という感じだ。  特に目元が宗主にそっくりで、背も竜虎とほとんど変わらない。  白笶を女性にしたような感じと言えば、想像がつくだろう。今日はだいぶ話している方だ。  いつもは姉や妹の言葉に頷いているか、短く答えるくらいで、無口というか大人しい印象がある。  弓の腕が五大一族の中で一番優れており、三姉妹の中で唯一、姮娥の一族の特別な力を受け継いでいた。  つまり長女の蘭明ではなく、次女である彼女が、次期宗主候補なのだ。 「君は、あんなところで何をしていたんだ?」 「······私は、」  朎明は身体半分だけ後ろを向いて、そのまま視線を地面に向ける。何か言いたげなのが解るが、話しづらいのだろうことも見て取れた。 「俺たちでよければ力になれるかもしれない。白群(びゃくぐん)白笶(びゃくや)公子も一緒なんだ。邸の前で合流する。その時まででいいから、考えておいて欲しい」 「······解った」  朎明は再び前を向き、止めていた足を再び動かす。陽も暮れ始め、外は薄暗くなってきていた。  清婉はそんなふたりのやり取りを黙って見ていた。公子たちの話に従者が割り入るのは本来は禁じられている。  そもそも公子たちと普通に言葉を交わしていること自体、あり得ないことなのだ。  無明(むみょう)たちがあんな感じで、白群の人たちも気軽に話しかけてくれていたので、清婉は随分と長い期間忘れていた。 (無明様たちは、従者である私をなぜか守ってくれる。私が彼らにしてあげられることは、あまりないけれど、)  それでも、彼らが怪我をしたり、悲しい想いをするのだけは嫌だった。無明を蔑んでいたあの日々を、時間を戻せるならやり直したい。  だが時間は戻らないから、それ以上に尽くすことで少しは許されるだろうか。 (いや、許すも許さないも、無明様にはないのかも······)  そもそもそのことについて、無明は「反応が面白くて、つい、」と言っていたのだ。それが本音かどうかは解らない。 (竜虎様も、危険を承知で、自分を盾にして守ってくれたし、)  あの巨大な黒蟷螂(くろかまきり)のことを思い出すと、今でもぞっとする。足手まといにはなりたくない。そんな気持ちが清婉の中で大半を占めていた。  それでも、ついて行くと決めたのだ。物理的には無理でも、違う意味でふたりを守れるように。  あの日、碧水(へきすい)市井(しせい)雪鈴(せつれい)雪陽(せつよう)に貰った、白い鞘に銀の装飾の付いた守り刀を胸元で握りしめる。  お守り代わりにと貰ったその守り刀が、なんだかずっしりと重く感じた。  この時の清婉は、人ひとりを守るということが、どれだけ大変であるかを知らなかったのだ。 

ともだちにシェアしよう!