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6-17 光焔

 姮娥(こうが)の宗主や朎明(りょうめい)椿明(ちゅんめい)と別れ、玉兎(ぎょくと)を後にした。次に目指すは南に位置する光焔(こうえん)の地。  光焔は、山が大きく陥没してできた盆地の中にある、岩壁に囲まれた都。朱雀の恩恵を受けているその地は、夏の時期にあまり行きたい場所ではなかった。元々暖かい地域なのだが、夏ともなれば"暖かい"は"蒸し暑い"に変わってしまうのだ。  また、その地を治める()の一族の宗主は、あの蓉緋(ゆうひ)である。 「なんだか今回は慌ただしかったな。無理もないが、」  竜虎(りゅうこ)はなぜか自分の隣を歩く無明(むみょう)を不思議に思いながらも、いつものように特に気を遣うでもなく会話をする。 「竜虎は良かったの? 残らなくて」 「なんで俺が残るんだ?」  その問いの意味が解らず首を傾げる。  ああ、まあ、竜虎が良いなら良いんだけど、と無明は肩を竦める。自分の事には鈍感なんだから、と苦笑を浮かべた。 「それにしても······後ろの、あれ、どうするつもりなんだ?」 「あれ? 逢魔(おうま)のこと? どうするもなにも、」 「なになに、俺の話? 俺は神子の下僕ってことでいいよ、」  駄目だよ、と無明は頬を膨らませる。 「逢魔は仲間で、友達だよ、」 「いや、無理があるだろう」  どう考えても、誰もそんな風には思わないだろう。たとえ、人を傷付けない、襲わない、同族殺しの変わった特級の妖鬼だとしても。 「じゃあ、この姿ならいいんじゃない?」  灰色の煙に包まれたかと思えば、大きな黒い狼が姿を現す。 『飼い犬ならぬ飼い狼なら、誰も文句は言わないでしょ』  文句は言わないだろうが、悲鳴は上がるだろう。 「わあ、格好良いねっ! すごい! 毛並みも良いっ」  その姿に興味津々の無明に撫で回され、鼻先を自慢げに上にあげている逢魔は、なんだか嬉しそうに見える。 「いや、狼煙(ろうえん)って通り名、そのまんまだろう······」  そんなやり取りを、清婉(せいえん)は恐る恐る遠目で見ている。それに気付いた無明が、てってってと駆け寄って来た。 「清婉、逢魔が怖い? 彼は妖鬼じゃないから大丈夫だよ、」 「へ? どういうことです? だって、特級の妖鬼って······、」  妖鬼には一度、怖い思いをさせられていた。あの病鬼の姿は、今でもふと思い出して震えてしまう。確かにあれとは違い、ものすごく綺麗で、声音も優しいのだが、やはり人ではないというだけで、清婉は怖かった。 「逢魔は鬼神(きしん)。鬼神はそうだな、なんて説明すれば········とにかく妖鬼とは別物で、精霊みたいな存在なんだ」 「精霊? って、なんです?」 「自然の神様? って感じかな。上手く説明できないや、ごめんね?」  あはは、と笑って誤魔化す無明に、清婉は思わずくすくすと笑ってしまった。無明でも解らないのだから、自分など一生解らないだろう。 「とにかく、強くて、優しくて、頼りになる仲間だよ。それじゃ駄目?」 「いえ、十分ですよ。私は安心して無明様と竜虎様のお世話ができるという事ですね、」  清婉のその言葉に、無明は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。 「清婉好き~」  正面から抱きついて、無明はじゃれてくるが、清婉はぞくりと背筋に寒気を感じた。 『無明は俺よりもその従者が好きなの? へぇ、ふーん。そうなんだ?』  その金眼がギラリと光った気がして、清婉はひぃいっと肩を揺らす。ますます賑やかしくなった一行が向かう先。  そこで起ころうとしていることなど露知らず。  黒い狼姿の逢魔を連れた無明たちは、岩壁に囲まれた要塞、光焔の地へと辿り着いた。 第六章 槐夢 〜了〜 第一部  完  ****************** ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。この章にて、第一部【起承編】は「完」となります。 また、この後番外編をご用意しておりますので、よろしければこちらもお楽しみください。 第二部【彩雲華胥〜轉合編〜】は現在別サイトさまにて第三章を連載中です。まだ完結していないため、ある程度話数がたまってから、こちらのサイトさまでも公開する予定です。その際は別枠でページを作りますので、再度お気に入り登録をしていただけたら幸いですm(_ _)m  柚月 なぎ

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