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番外編 桜舞う日、君と①

 まだ赤子だった時、今世の父と母が他界した。あまり顔は覚えていないが、母は良く笑うひとだったと伯父上が話してくれた。自分は幼い頃の父によく似ているとも言っていた。母は玉兎(ぎょくと)姮娥(こうが)の一族の直系で、宗主の娘だったそうだ。それを知った時、なんだか見えない因果を感じた。  今世では碧水(へきすい)白群(びゃくぐん)の一族の直系である(はく)家に輪廻した。前は金華(きんか)雷火(らいか)の一族の直系だった。永遠の輪廻という禁呪で神子の永続の華守(はなもり)となってから、五百年以上繰り返している。  しかし神子は未だ目覚めていない。もう何度目の転生だろう。数えるのは途中で止めにした。そんなことに意味はないと、途中で気が付いたからだ。 「白笶(びゃくや)、毎年君が楽しみにしている、紅鏡(こうきょう)での奉納祭の時期が来たね。出立は明後日と父上が言っていたよ」  これは今世の義兄の白冰(はくひょう)。二つ上の十七歳で、次期宗主。物腰は柔らかく人に好かれる性格だが、飄々としていて実際のところは読めない。要領がよくてなんでも器用にこなす。なぜか幼い頃から必要以上に世話を焼いてくれる。 「別に····楽しみというわけでは」  奉納祭の時だけ、紅鏡の地を訪れることができるというだけの理由なのだが、なぜか奉納祭を待ち遠しく思っていると勘違いをされているようだ。 「そうなの? 珍しくひとりで出かけたがるから、てっきり紅鏡の地が気に入っているのかと思ってたんだけど、」 「私はこれから修練があるので、失礼します」 「うん、頑張って」  にこにこと手を振って、いつものように背に向かって声をかけてくる。それに対して何か言うでもなく、振り向くでもなく、そのまま去った。あのひとは少し苦手だった。何か見返りを求めるでもなく、ただ弟を想う兄として言葉をかけてくれる。  そういう優しさが、なんだか不安になる。  必要以上に関わらないように、そうやって生きることが一番楽だった。何度も繰り返した輪廻の中で学んだことだ。最初の転生先が悪かった。そのせいで逢魔(おうま)を傷付けた。もう二度と同じ間違いは繰り返さない。  だが、毎回一度は顔を見に行くことにしている。必要以上に関わらず、一度きり、手合わせをして、言葉を交わして、去る。それだけで十分だった。永遠の輪廻の制約もあるので、過去の話はできないし、共有することも不可能だから。  奉納祭は春に行われる。春は、神子が生まれた季節。一番好きな季節だと言っていた。今世ではまだ逢魔の所へは行っていなかった。だが好都合なことに、今は紅鏡と碧水の境目にある、渓谷に身を置いているようだった。 (今回は逢魔の顔も見に行くとしよう、)  十五になったので、ある程度ひとりでどこへでも行ける許可を貰える。少しの間いなくなっても心配はされないだろう。  それから、晦冥(かいめい)の地を訪れるのも忘れてはならない。封印が解けていないか、異変はないか、それを確かめる必要がある。今のところは変わった怪異もなく、烏哭(うこく)が姿を見せた形跡もない。  出立は明後日。  変化のない日々を喜んでいいのか、悲しめばいいのか。感情が麻痺しているのか、何を見ても何も感じられない。色とりどりのこのセカイは灰色に霞んで見える。  君がいない。  ただそれだけで、こんなにも色がないなんて。

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