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番外編 桜舞う日、君と②

 奉納祭の七日前。毎回余裕をもって出立する。湖水の上に造られた都を出て、途中の白鳴(はくめい)村で一泊し、渓谷を越えて紅鏡(こうきょう)へ入る。  渓谷に特級の妖鬼が住むという噂が、十数年前から五大一族の中で広まっており、ある程度の警戒をしながら白群(びゃくぐん)の一行は無事に通り過ぎた。  紅鏡に着くと、碧水(へきすい)とはまた違う空気を感じる。金虎(きんこ)の一族は色々と複雑で、四人の公子がいるが、一番末の公子の姿を一度も見たことがない。それは現在の第一夫人の意向らしいが、それに関して特に興味はなかった。  噂だけを聞けば、生まれた時から醜い顔のせいで仮面を付けさせられているとか、急に歌いだしたり踊りだしたり奇怪な行動をするので、公の場には出せないのだとか。とにかく、あまり関わりたくない項目ばかり並べられていた。  白笶(びゃくや)は毎年借りている別邸に着くなり、さっさと荷物を置いて外出の準備をしていた。もうすぐ夕刻だが、ここにいる間はできるだけこの地の怪異を鎮めることに努めていた。もちろん、金虎の一族には見つからないように。 「白笶、今から外出するの?」 「はい、すぐに戻りますのでご心配なく」  白冰(はくひょう)が大扇で口元を隠しながら、首を傾げている。彼がそういう仕草をする場合、なにかを企んでいたりすることが多く、油断できないのだが····。 「私もついて行っていい?」 「なぜ?」 「ついて行きたいから?」  なぜ疑問符で答えるのか。理由もなく行動をしない白冰のことなので、今回に関しては単純に自分の行き先が気になるのだろう。 「····かまいませんけど、」 「本当!? 君がそんなこと言うなんて珍しいっ」  嬉しそうに顔を綻ばせて言うので、白笶は嘆息する。断れば断ったで、逆に余計な詮索をされてしまうかもしれない。どうしてこのひとは、自分に関わりたがるのか。本当に不思議でならない。  ふたり並ぶと少しだけ白笶の方が背が高く、顔も所々似ているが、表情は真逆だ。自慢にもならないが、白笶はただそこに立っているだけなのに子供に泣かれたことがある。それくらい無表情で無感情な顔をしている。逆に白冰はいつもにこやかで穏やか。人の方から彼に寄って行く。 「なんだ、てっきり意中の女人がいて、毎回逢いに行っているのかと思ったよ」  森の怪異を鎮め終えて帰る途中、白冰が言った言葉だ。 「そんなひとはいません」 「そうか。残念。まあ、怪異も鎮められたし有意義な時間だったよ」  あははと大扇を仰ぎながら、元来た道を帰る。白冰は今まで見てきた術士たちの中でも群を抜いている。しかも本気を出したところを一度も見たことがなかった。それであの性格なので、もちろん敵も多かった。主に白群の外にだが。

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