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第3話
最初からこうだったわけじゃない。
俺は中世に生まれた。
孤児院にいた記憶がある。
シスターはまだ若いのに優しい美しい人で、貴族の出だったと噂に聞いた。
貴族だったのに全部捨てて俺たちみたいな汚い孤児を育てていた。
ある日、ボールで遊んでいたら奴と出会った。
陰鬱な顔をして、なんだか死にそうだった。
川辺で座って、河面を見ていた。
俺はなんとなく話しかけた。
辛そうな人には優しくしなさいと、シスターに習っていた。
奴は、異様に美しかった。
白い肌はシミ一つなくて、顔色がいっそ悪いくらいで。
細くて柔らかそうな体に、黒い神父の服を纏っていた。
サラサラした黒髪に、緑の目。
首には大きな十字架を提げていた。
でもなんだか、説教くさくはなくて、寧ろどきりとするような妖艶さがあった。
ガキだった俺は、そんな全てを言語化できなくて、ただ奴に話しかけてみたいと思った。
こんな美しい人は、一体何を考えているのだろう?そう思ったんだ。
「お兄さんは何を考えてるんですか?」
俺はそう聞いた。
奴はゴミを見るような目で俺を見た。ただそれは一瞬で、すぐに人の良さそうっていうか、人を惹きつける笑顔になった。
その胡散臭さに気付くべきだったんだ。
胸がどきりと鳴って、すぐ虜になった。
「いや、暑いなと思って」
と奴は言った。
「キミはこの辺の子?」
奴は訊いた。
「そこの孤児院の子供です」
俺は答えた。
「何してたの?」
と訊く奴は、素敵なお兄さん、って感じだった。
「遊んでました」
俺はもう有頂天になっていた。
緑の目から視線が注がれる度に、胸が高鳴る。
この人に注目されている、関心を持たれている。それが、俺を得意にさせていた。
「へえ、ひとりなんだ」
奴の目が妖しく光った。
今思うと、奴は俺で遊ぼうと思ってたんだと思う。
俺にはそれがわからなくて、俺はただなんだか怖くなって黙った。
「君の目、とっても綺麗だね……」
と、奴は手を伸ばして俺の髪をすいた。
俺は避けずにされるがままだった。
……少し怖かったけど、なんだか奴が助けを求めている気もしていた。
ここで避けたら……なんだか奴が死ぬんじゃないかと思った。
よくわからなかったけど、多分その勘は当たってたと思う。
「夜の空みたいな色だ。夏の……」
奴は俺の目をじっと見て、静かに言った。
それから微笑んだ。
「キミの名前、教えて」
俺は、答えてしまった。
多分、それがいけなかったんだと思う。
「アシュベルです」
魔物に魅入られるには、名前を教えてしまうのが手っ取り早い。
そして、相手に興味を持つのが更に悪い。
そんなことをしたら、相手は舌舐めずりをして手招きする。
「お兄さんは名前なんていうの?」
俺はやってしまった。素晴らしいまでにタブーを思い切り踏み抜いていた。
「メアディス」
こうして悪しき縁が結ばれてしまった。
それなのに俺は、まるで美しい蝶の名前でも知ったようにワクワクしていた。
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