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プロローグ

 初めてのキスは、ほろ苦い煙草の味だった。  二人きり部屋で、遠慮がちにベッドが軋む。彼の一回り大きな手が俺の頬を撫でて、ゆっくりと距離が縮む。無意識に息を呑んで、受け入れるようにそっと目を閉じた。  物心ついた時にはもう、自分が同性しか好きになれないという事を自覚していた。初めて好きになった人は、当時中学二年生だった俺に十歳年上の男。彼は姉の幼馴染みで、年の離れた俺はよく可愛がってもらっていた。  最初は憧れだった。自分より大人で、手も体も自分より一回り大きい。いつの間にか目で追うようになっていた事に、どうやら彼は気付いていたらしい。  キスをした、それだけだった。ただ、それだけ。けれど俺に残ったのは、後にも先にも彼とのキスの味だけ。初めてキスをした日を最後に、彼は仕事の都合でずっと離れた所に転勤してしまった。  あれから四年経った今、恋愛に対して奥手で不器用な自分には新しい恋をする勇気も無くて、学校でもずっと一人だった。感じる視線はあるが、自分に応えられる筈もないそれらは拒絶するように避けてきた。  “好き”という感情の基準はどこから生まれるのか、それが俺にはわからなかった。

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