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第8話
「ただいま」
「あら、おかえり。早かったのね。桐江くんもいらっしゃい」
「お、お邪魔します」
柔らかい笑顔で出迎えてくれた鷹村のお母さんは快く招いてくれた。郁くんと凛ちゃんは祖父母の家に遊びに行っているらしく、家の中は静かだった。
「後で飲み物持って行くわね。お茶でいいかしら、それともジュースがいい?」
「今俺が持って行くよ。桐江さん少しだけ待っててもらっていいですか?」
「ああ、勿論」
そのまま鷹村の後をついて行きキッチンの中に入る。時間的にも夕飯の準備中だったらしく、キッチンには食材が並べられており食欲がそそられる匂いがした。
「そうだ、お父さんがね職場の方から頂いたクッキーがあるから一緒に持って行って」
「ありがとう」
「桐江くんは甘い物は好き?」
「はい!好きです。ありがとうございます」
冷蔵庫から取り出した麦茶を鷹村が注ぎ、トレーにグラスとお菓子が乗せられる。鷹村も甘い物は好きなのだろうか、なんて思いながらその整った横顔を見詰めていた。
「あ、俺が運ぶよ」
「大丈夫、俺に任せてください」
あっさりトレーを奪われてしまい渋々後ろをついていく。鷹村の部屋がある二階に向かいながら不躾だとわかっていながらも家の中を見渡してしまう。前回お邪魔した時も思ったが、広くてとても整理整頓されている。
部屋に入ると鷹村はすぐに鍵を閉めた。促されるままベッドに腰を下ろす。何食わぬ顔でここまで来たが、前回この部屋に来た時はこのベッドの上で――
「桐江さん?」
と、そこまで思い出して一気に顔が熱くなる。冷ます意味で麦茶を一気飲みした。
「…何でもない」
鷹村は「そうですか」とだけ言うと俺の隣に腰を下ろした。ほんの少し膝が触れてびくりと動いてしまった。こんな反応意識していますよと言っているようなものだ。鷹村に悟られていない事を祈ったが、きっと手遅れだろう。
「それで、何でも言う事聞いてくれるって本当ですか?」
てっきり忘れ掛けていたが、しっかり覚えていた彼は意外にも抜け目がないらしい。
「ああ…俺に出来る事なら何でもするよ」
鷹村はそんなに無理難題を出してはこないだろうとわかった上でそう答える。その意を込めて目を合わせれば、彼は目を細めて口を開いた。
「俺以外にそんな事軽々しく言ったらダメですよ」
伸びてきた手が頬に添えられて、親指が下唇を撫でる。ゆっくりと端から端まで辿るように撫でられ、目の前で鷹村の喉が上下しているのが見えた。このままぱっくりと喰われてしまうんじゃないかと錯覚するくらい、捕食者の目をしていた。
「桐江さんからキスして欲しいです」
「…はっ?」
俺の唇を撫でた指が鷹村の唇に添わされる。ここに、と己の唇に触れながら言う姿はやけに扇状的で眩暈がした。
「…わ、かった」
キスの一つくらい大した事はない、そう自分に言い聞かせて深呼吸をした。意を決して距離を詰めるとベッドが軋む音を立てる。嬉しそうに口角を少し上げたまま、期待に満ちた瞳で見られると気が散ってしまって視線を逸らした。
「目、瞑ってろ」
「…絶対に?」
「絶対に!」
鷹村は少し渋っていたが目を閉じてくれる。こうして見ると睫毛が長くて本当に端正な顔をしている。すっと通った鼻筋と少し彫りの深い目元は、彼の目付きが悪いと噂される由縁ではあるが、俺は男らしくて好ましいと思っている。
鷹村の肩に手を添え、体ごと向き直る。ただキスをするだけだというのに緊張して鼓動が早くなる。こういうのはパパッと済ませてしまうべきだと自分に言い聞かせ、己も目を閉じるとそっと唇を押し当てた。
「……っ、」
ふに、と互いの唇がやんわりと形を変える。唇の熱を感じるより先に身を離して、照れ隠しの意味で距離をとった。キスと言えるか怪しい程に作業めいていたが、とにかく目的は達成したと胸を撫で下ろす。
少し経っても鷹村の反応がない事を不思議に思って振り返ろうとした時、大きな体に抱き締められてそれは叶わなかった。
「…っなに、」
「…思ったより、やばくて…すみません」
鷹村の心音が背中越しに伝わってくるようで、つられて更に心拍数が増した。
「桐江さん…」
「…ひ…っ」
ちゅ、と音がして首元に鷹村の唇が触れる。耳から頸に掛けて唇が這わされ、時折熱い吐息がかかる。擽ったさに身を捩ったが、力強い腕の中から抜ける事は不可能に思えた。
「鷹村…っ、やめ、」
「…好きです、桐江さん」
「あ……んッ、やぁっ…!」
腹に回っていた大きな手に弄られて、シャツ越しに胸元に触れる。少し大雑把に動く手が胸の先端を掠める度に大袈裟なくらい体が反応してしまう。もどかしいけれど触れられた所が全部性感帯にでもなったかのように気持ち良くて、期待から立ち上がってしまったそこはシャツ越しでもはっきりとわかってしまうだろう。
「少しだけ触れても良いですか…?」
「…も、触ってる…!っんぅ、は…っ」
「…可愛い、桐江さん…」
「ん、ひぃッ!」
きゅっ、と不意に突起を強く摘まれ悲鳴にも似た声が出てしまう。咄嗟に口を塞いだが、鷹村は特に気にした様子もなくそこへの刺激を続けてくる。シャツの感触と鷹村の硬い指で押し潰したり先端をカリカリと引っ掻くように刺激されると、下腹部が重たくなっていくのを感じて熱を逃すように太腿を擦り寄せた。
「あっ、…ダメだ、鷹村…っ下に…お母さんいるだろ、」
「大丈夫です、キッチンはこの部屋から一番離れてるんで」
そうだとしても万が一の事があっては困ると鷹村の手から逃れようと踠くが、緩急を付けた胸への刺激によって力が上手く入らない。
「…っ、流石にこれ以上は…っ!」
慣れた手付きでスラックスのベルトが外されると、無遠慮に下着の中へと入る。
「〜ッ、」
抵抗したいのにこの先の快楽を知ってしまった体は欲に忠順で、自ら導くように腰を浮かせる。尻たぶを柔く揉まれ、尻の間 を辿って後孔へと指先が触れた。ただ周辺を撫でるようにされるとゾワゾワしてむず痒い。
「…桐江さん、ベッドに手ついてこっちにお尻向けられますか?」
「…へ、……こう…?」
貪欲な体は素直に鷹村の言う事を聞いて、ベッドの上で四つん這いになる。スラックス下着は足から抜かれ、緩く頭を擡 げていた陰茎は頼りなさげに足の間からぶら下がっている。鷹村の方からは後孔から陰茎まで余す事なく見えてしまっている事だろう。
「――ひッ」
ひんやりとしたとろみのある液体を纏った指が後孔に触れる。恐らく何かしらの潤滑剤を使ったのだろう。満遍なく全体に馴染ませてから、少しずつ指が中へと入っていく。初めこそ圧迫感と違和感が勝るが、懇切丁寧な愛撫のお陰か痛みはなく指の動きに集中してしまう。
「…力、抜いて下さいね」
鷹村の熱い手が太腿を摩る。彼は落ち着かせるようにそうしているのだろうが、それすら快楽となってしまう。
「は、っ……ぁ…ひぅ…ッ!」
ぐっ、と奥に指が入る。前回の時より容易に前立腺を捉えると、トントンと一定のリズムで押されると腕に力が入らなくてベッドに突っ伏してしまう。尻だけを鷹村に突き出すような大勢で、きっと側から見れば滑稽な事だろう。
声が漏れぬよう必死に手で口を覆いながら、シーツを握り締めて快楽に耐える。
「〜〜ッ!……うぅ、〜〜はッ」
いつの間にか二本に増やされていた指が、ぬかるんだ内壁を押し広げるようにして奥へと進んでいく。先程までの刺激で少し膨らんだ前立腺を二本の指で挟み、揺すられると耐えようのない刺激に背中が仰け反った。
「あ゛…ッ……ぁ〜〜ッ」
硬くて長い指が浅い所から深い所まで行き来する度に耳を塞ぎたくなるような水音がする。とろりと先走りが混ざった白濁とした体液が陰茎から勢いなく溢れて、シーツにシミを作っていく。視界に火花が散ったみたいにチカチカして、太腿が震える。追い詰めるみたいにしこりを一際強く押されると、全身に力が入って一気に脱力した。
「……〜ッ、…はあ…ッう、」
甘い絶頂がずっと続いているような感覚にただ身を震わせる事しかできない体を、鷹村がそっとベッドに寝かせてくれる。
ぼんやりとした視界に鷹村が映る。はくはくと浅い呼吸を繰り返していると、いつの間にか頬を伝っていたらしい涙を鷹村の親指が拭ってくれる。
「は、…ぁ……ごめ、…よごした」
何よりベッドを汚してしまった事に罪悪感を覚えて謝ると、鷹村は宥めるように頭を撫でてくれる。
「気にしないで下さい。それより、俺こそすみません。我慢できなくて…」
「……ん」
確かに多少強引ではあったが、最終的に流されたのは俺の方だ。
落ち着いてきた意識の中、鷹村の窮屈そうな下半身に気付いて上体を起こすと、そっとそこに手を伸ばして触れてみた。
「……かたい」
「っ!…桐江さん、」
「お前も、一緒に…」
どうせこのままでは部屋を出られないのだから、一度出した方がいいだろうと思った俺は鷹村のベルトに手を掛ける。驚いているようだったが、止める事はしない。痛そうなくらい張り詰めたそこは相変わらずの大きさで息を飲んだ。
「…じゃあ、桐江さんのも一緒にいいですか?」
「…?」
鷹村の陰茎を見たせいか、少し立ち上がり掛けていた己のそれに鷹村の手が触れる。反射で腰を引いたが、それよりも強く腰を引き寄せられ、お互いの陰茎が触れ合う。
「ぇあ、……なに…っ」
「桐江さんも一緒に触って下さい」
おずおずとそれを握ると、鷹村の大きな手が俺の手ごと包み込んでしまう。裏筋が擦れるだけで気持ち良くて、すっかり硬度を取り戻していた。所謂兜合わせという形で一緒になって陰茎を扱く。
「〜〜っぐ、は…っ、……ぁン……きもち、」
快楽を逃がせず内腿がガクガクと震える。先程達したばかりという事もあり、敏感になっていたそこはすぐにでも吐精してしまいそうだった。
鼻が触れそうな距離で目が合うと、お互いに引き寄せられるようにして唇が重なった。分厚い舌で口内を好きに弄られ、呼吸まで奪うようなキスに意識が遠退くような気さえした。
お互いの先走りが混ざって潤滑剤となり、扱く度にぐちぐちといやらしい水音を立てている。力が抜けてあまり上手く動かせなかったが、鷹村の止まらぬ手淫は早くなる一方で、呆気なく達してしまった。
「〜〜ぅ、〜…ッ!はっ…はぁ、」
鷹村も同じタイミングで吐精したようで二人の手はどろどろだった。惚けている俺を横目に手際よくティッシュで性液を拭うと、俺の手も同じように拭ってくれた。
ふわふわとして頭が回らない。体力の差なのか、鷹村は冷静で余裕すら感じる。鷹村はゆっくり慣らしてくれているが、いつかは最後までする事になるのだろう。俺よりも多少こういった行為に慣れているだろうし不安はないが、俺ばかり余裕がないのが恥ずかしい。
「…体、気持ち悪いですよね。良かったら風呂使ってください。俺はここ片付けとくんで」
「…ありがとう」
お言葉に甘えて風呂を借りる事にした。優しいシャワーで全身の汗を落としていく。後孔に残っていた潤滑剤も軽く流し、熱を冷ます意味で顔面にシャワーを向けた。
ふわふわのタオルに身を包んで体を拭くと、鷹村が用意してくれていたTシャツに腕を通した。体格の差があるからか随分大きく感じたが、柔軟剤の匂いがいつもの鷹村と同じ匂いでなんだか安心した。
「おかえりなさい」
部屋に戻るとベッドはすっかり元通り綺麗になっていて、鷹村も制服から部屋着に着替えていた。俺の制服は一緒に洗濯してくれているらしく、何だか至れり尽くせりで申し訳ない。
「すっきりしました?」
「…うん、ありがとう」
「髪まだ濡れてるじゃないですか、ここ座って下さい」
促されるままカーペットの上に座ると、鷹村が後ろからドライヤーを当ててくれる。髪に触れる優しい手付きと心地良い風でこのまま寝てしまいそうだ。
「ふ…眠いですか?寝かせてあげたいんですけど、そろそろ夕飯の時間になりそうです」
船を漕いでいた俺の頭を優しく支えながら丁寧に髪を乾かされると、やがてドライヤーの音が止まる。仕上げに櫛を通して綺麗に整えてくれる。
「…ありがと、鷹村」
「どういたしまして」
くあ、と抑えきれなかった欠伸を一つして、このままここにいると今すぐにでも眠ってしまいそうだったのでリビングへ向かう事にした。
「カナちゃんだ!」
「カナちゃん…!」
「おっ、と」
リビングに入ると同時に郁くんが勢い良く足に抱き着いてくる。後ろからひょこりと顔を覗かせる凛ちゃんも嬉しそうに目を輝かせていて、控えめにズボンの裾を掴んでくる。随分と熱烈な歓迎に、嬉しくて思わず顔が綻んだ。
「こら、いきなり突っ込んで来たらあぶ、」
すぐ“兄”の顔になって二人に注意しようとする鷹村の口に人差し指を向ける。確かにそれは当然の事かもしれないが、他でもない俺がこんなに嬉しいのだ。今日くらいは見逃してくれてもいいだろう。その意を込めて視線を送ると、鷹村は小さく頷いてくれた。
「郁くんも凛ちゃんも、俺の事覚えててくれたんだね。嬉しい」
二人の目線に合わせるようにしゃがむと、愛しさのあまり小さな体をそっと抱き寄せた。
「桐江くんが着てるのって仁のお洋服?」
夕飯を囲んで早々、鷹村の母の指摘に肩が揺れる。
「…実は麦茶を溢してしまって、すみません」
「あら、そうだったのね。気にしなくていいのよ」
苦し紛れの言い訳かと思ったが、それ以上追求される事もなかったので胸を撫で下ろした。先程の事を思い出してしまわぬよう小さく頭を振って深呼吸を繰り返す。
「カナちゃん…ご飯食べ終わったらね、ご本読んで」
「もちろんいいよ」
凛ちゃんの可愛らしいおねだりに和みながら優しく頭を撫でると、嬉しそうに笑ってくれた。
「桐江くん、凛がごめんなさいね」
「とんでもないです。俺も凛ちゃんと遊べて嬉しいので」
鷹村の母は困ったように頬に手を当てる。正直に言うとすごく嬉しい。大前提として小さい子に気に入ってもらえるのは嬉しいし、それが鷹村の兄弟なのだから尚更だ。
「じゃあ鷹村、また明日。服は洗ってから返すから」
夕飯が終わって凛ちゃんと郁くんと遊んでいたら少し遅くなってしまった。玄関の外で二人きりになると少しだけと鷹村に足を引き止められた。
「別に洗わなくてもいいですよ」
「洗うから!」
そっと手を握られて、指が深く絡む。その手を愛おしむように撫でた後、彼は少し暗い表情を見せた。
「…俺、桐江さんに無理させてますよね」
「え?」
「桐江さんはキスとか、その先の事ほんとはしたくないんじゃないかなって」
いつにもなく、不安そうな声色でそんな事を言う彼が予想外で目を見開いた。優しくて俺を優先してくれているのは勿論だし、多少強引な事があっても俺が本気で嫌がるような事はしない。確かにそういう行為に関しては経験がない故に消極的でどうしていいか分からず、鷹村に流されるままになってしまう。それが鷹村を不安にさせていたのだとしたら誤解を解きたかった。
「ち、違う。別に無理なんかしてないよ。ただ…俺はこういう事に慣れてないし、鷹村に触れられるとどうしていいか分からなくなるんだ」
言ってから物凄く恥ずかしい事を打ち明けてしまったと後悔したが、目が合った鷹村の表情が嬉々としていてどうでもよくなった。俺の言葉一つ一つで一喜一憂している鷹村を見るのは悪くない。
「俺の事、好きですか?」
「…分かるだろ」
「言ってくれるまで離しません」
空いていたもう片方の手も強く握られる。大きな図体をして可愛らしい拘束だと思ったが、この男は存外ねちっこく、本当に言うまで離してくれないだろう。
「……好きだ」
「ふふ」
ぎゅう、と抱き締められる。こんなに喜んでくれるのなら恥を忍んで言った甲斐がある、というものだ。鷹村の厚い胸板に顔を埋め、応えるように広い背中に腕を回した。
「愛してます、桐江さん」
また明日、と額にキスを落とされる。このむず痒い感覚にはまだまだ慣れそうにない。
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