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scene6-4(R18)
雑然と片付いた部屋でコンビニ弁当を食べてから、疲れも出て二人でのんびりとしていた。竹内はコンビニで泊まる用に諸々を購入し、しっかりと自分の荷物置き場を作っていた。
竹内の後に風呂を使い部屋に戻ると、竹内はテレビの前で胡坐をかき、画面を食い入るように見ていた。
なんだろうかと覗き込むとサッカーの試合だった。竹内がサッカーの試合を見るなんて珍しい、何の試合だ? と確認すると、見覚えのあるユニフォーム、知った顔、七番の背中、自分の姿。
「お前勝手に見んなよ」
小川が出場したインターハイ準決勝戦を録画したDVDだった。
「いいじゃん、お前風呂長げーから暇だったの。こんなん残ってんなんて羨ましいわ」
「竹内のだってあるだろ?」
「部員がビデオカメラで撮ったやつならあるけどブレブレで見れたもんじゃねーよ、あんなの」
真っ黒に日焼けした小川がチーメイトに言葉を発して走っている。ボールを蹴り、パスを出す。太陽が照りつけるコートの中で、額に流れる汗までもキラキラと光って映っていた。
準決勝の日、絶対に勝って決勝に行くんだとチームで一致団結し挑んだ。
試合終了の笛の音を聞いた時の、終わったという脱力感。届かなかった決勝という場所。そんな時に目に入った竹内の姿は、それ以上に小川の心を震わせた。
いるはずのない姿をスタンドに見つけ、嘘だと目を疑った。今、目の前にいる竹内の姿は本物じゃない、偽者で、惜しみない拍手を送っているあの男は竹内ではないのだと、何度も何度も振り払った。
竹内だってインターハイに出るはずなのに、なぜ練習を休んでまで来るのだ。忘れたい、忘れたくてたまらないのにいつまでも竹内は小川の中に居座る。消し去ろうとしても、決して消えてはくれない竹内の存在。
「あー惜しい!」
小川が放ったシュートがゴールポストに当たって跳ね返り、竹内が悔しそうに手を打つ。竹内の瞳はテレビの中でコートを駆け抜ける小川だけを追っている。
真っ直ぐにただひたすら小川だけを──見ている。
見覚えのある顔だった。瞬きすら忘れ熱心で、吸い寄せられるように瞳が追う。
思い出したように傍らでそんな自分を見ている小川に気づいて、竹内は「なに?」と微笑んだ。見んなよ、と照れ隠しに呟いて、瞳を流す。あの時に見た竹内の横顔。恋をした美しい横顔だと思った──あの時。
どうしてあの顔を向ける先が自分ではないのかと、小川を通り過ぎて真っ直ぐ向かった視線の先を知るのが怖かった。
ずっと分かっていたはずの現実から目を背け、女に恋している竹内を認めたくなかった。竹内の一番は自分なのだといつまでも信じていたかった──
どうにもならないほどにこの胸を焼ききる、恋をした竹内の瞳は今小川に向けられている。
「大翔?」
男が、恋しただけでこんなにも感動できるなんて格好悪い。
「急に大人しくなってどうしたよ?」
あんなにも欲しいと心から欲した瞳。
「おーい」
一点を見つめたまま固まる小川を、不思議がって目の前で手のひらをひらひらさせる。小川はそれでもしばし元に戻ることができず、竹内の大きな手のひらを見ていた。
竹内が好きだった。どうしてこんなにも好きなのかわからない。
忘れたくても忘れられなかった一年半もの日々が、信じられないほど遠くに感じる。
小川は両手を伸ばすと竹内の首にかけて身体を寄せた。竹内の両手が小川の背を引き寄せるように回り、抱きしめ合う。それでも竹内を手に入れた実感がまだわかない。これはまだ自分の願望でできた夢なのではないのかと。
──めちゃくちゃにされたい。
竹内に好きなようにして欲しい。そうしてもらわないとこの想いは膨らむ一方で、もう抱えきれない所まできていて苦しい。竹内の手でどうにかして欲しい。
お互い引き寄せ合うように唇が重なった。とても柔らかな竹内の唇はしっとりと温かい。薄目を開けたまま離すと追いかけるように竹内の唇が触れ、ついばむように重ねられた。何度も離し追いかけながらまた重ねる。じれた舌先が触れた瞬間目を閉じ、竹内の髪を両手でかき混ぜながら懸命に舌を絡めていた。
「大翔ー?」
竹内が長いキスに呼吸をぶれさせながら無造作になった前髪の隙間から覗きこむ。
「悠生」
「ん?」
「好き」
ははっと照れ笑いする表情に見惚れてしまう。
「反則だろ、それ」
頬に手を添えられて、端正な顔が近づくと、ぱーっと頬や耳に熱を持つのがわかった。
好きな男に触れられて、真っ赤になってキスを受ける。やっぱり恋した竹内の顔は綺麗だなんて。自分の前では決して無表情ではない、感情豊かな表情。今はもう小川だけにしか見せない──
「悠生は?」
「好きだよ、ホラ、大翔とキスしてくっついて心臓こんなんなってる」
手を竹内の胸の上に置かれ、感じる鼓動に抑えがたい想いが喉のすぐそこまで這い上がる。
「俺、お前になら何されてもいい。身体も──ずっと準備してた」
「は? ちょっと待って、……準備ってお前、」
ごくり、と竹内が言葉を切ると喉仏を上下させた。必死になった目がみるみるうちに赤く染まり、欲の色が浮かぶ。
「俺、お前に……お前に、抱かれたくて、尻、挿入るように慣らしてた」
るみ子にバレないよう通販のコンビニ受け取りで買ったローションとゴムの入った袋を差し出すと、竹内は中を見て両目が零れ落ちそうなほど見開く。
「嘘だろ……大翔、お前、そうゆうのちゃんと俺と共有してくれ、勝手に突っ走んなよ」
「……キモい? 無理?」
「バカ、違う。俺もお前とやりたい。調べたし動画だって見たし。たださ、告白の時もそうだったけどお前、俺になんも言わねーで一人で自己完結すんだろ? ちゃんと言ってくれ。準備だって一人ですんなよ、俺を置いてくな」
「ごめん……お前を煩わせたくなくて……女じゃねーから」
竹内に嫌われたくない、竹内のいいようにしたい、ただそれだけの思いだった。
「ざけんな、お前は特別だって言ったろ? 大翔なら何でも受け入れるんだよ、俺は。また逃げられないよう必死なんだからさ」
「逃げねー、こんなにお前の事が好きで死にそうなのに」
こつんと額を合わせ至近距離で目と目を合わせる。
「いいの?」
「いい、悠生としたい。お前の事好きすぎて、どうにかしてもらわねーと、俺もう耐えられそうもない」
「馬鹿、俺だってお前のことめっちゃ可愛がりてーよ」
心臓の上だった手を、竹内の股間におさえつけられて、ドクリと心臓が飛び出しそうな程強く脈打った。大きくなっている。竹内が興奮している。
固さが布越しにリアルに伝わって、ずっと押し込めていた感情が爆発した。
二人で真新しいベッドの上に倒れ込む。自分を組み敷く竹内を見上げて、泣きたいほどの感情の高ぶりが込み上げてきた。頬を赤く染めて、熱い吐息を細かく吐いている。自分を見る目がいつもの竹内じゃなくて、学校では見られないここだけの竹内なのかと思うと、もうどんな顔で見上げたらいいのか自分がわからない。
お互いの服を剥ぎ取って乱雑に投げる。
小川は竹内の肌や匂いを知りたかったし、全てを見たかった。それは竹内も同じだったのだろう、交互になってその肌に唇を這わせ痕を残した。
「あんなに陽に焼けて真っ黒だったのに、随分とさめたんだな」
焼けていた二の腕を取って竹内がキスマをつける。
「お前に比べたら全然黒いじゃん」
竹内の二の腕の内側は特に白く、吸うとすぐに赤い痕がついた。
身体のラインを手のひらでまさぐり、竹内の肌を記憶に焼き付ける。下着越しに、興奮し勃ちあがるお互いの高ぶりを押し付け合って腰を揺らす。
今まで得たことのない痺れるような快感が身体を駆け抜ける。
頬の上を涙のように汗が通り、それを唇で吸う。荒い息を隠さないまま、かぶりつくようにキスを交わし続けた。
温かな体温。素肌と素肌が絡み、小川は溢れ出る多幸感に恍惚と目を閉じた。
竹内の荒い呼吸が頬に触れる。
「今度は俺が用意するから……」
小川が準備する為に使っていたローションを手に取ると竹内は手の上に垂らす。
「そんなんどっちでも……」
「後ろ、触るよ」
「うん……」
指先が後孔に触れ柔らかく撫でる。圧が込められじわりじわりと沈み込まれて行く。自分の指とは違う動き。探るように一本の指が中を確かめるように撫でた。
「柔らかい……さっきシャワー長かったのもこのせい?」
顔に羽のようなキスを繰り返しながら竹内が囁く。
「うん……すぐできるようにした……」
「バーカ、もうやんなよ、これからは俺がするから」
「あっ……、ちょ……っ」
中で指を折られ、その柔らかさを更に熟れさせるようにそうっとそうっと竹内は動かす。
「痛くない? 指増やしても大丈夫?」
羞恥と必死さで声に出来ず、首を上下させる。びくびくと震える場所があって、新しい羽毛の枕を引き寄せて堪えた。
二本になった指に圧迫感が増す。自分の指とは全然違う、竹内の指はこんなにも長くて力強いのか。
「声、我慢すんなよ? 指、自分でしてた時は何本入れてた?」
「に、二本……でも、お前の指、俺のより太い」
「うん、でも俺のもっと太いよ」
ほら、と勃起するそれを下着をずらして見せられ、目が釘付けになる。興奮し先走りの零れるペニスに、つい咥え込む竹内の指を締め付けてしまった。
「今想像しただろ。すげえ中、動いてる」
「あ、あ、俺も、お前の、触りたい」
そう乞うと、竹内は困ったように微笑しつつも頷いた。
「うん、触って」
枕を抱えたまま手を伸ばしその熱に触れる。初めて触れる他人の性器。熱く脈打つそれを今すぐにでも入れて欲しい。竹内をこの身体で感じたい、自分のものにしてしまいたい。
根元から強弱をつけて上下し、先走りの零れる先端も指で刺激した。ビクビクと反応すると、竹内は熱い吐息を大きく吐き出した。
「気持ちイイ……でも、それ以上されると、イク」
少し切羽詰まった余裕のない顔をして、手を取られる。熱い息を小刻みに吐きながら、掴む小川の手にキスをした。達するのを我慢する竹内の身体が熱い。色っぽくていやらしくて、自分に絡みつく視線が恥ずかしい。
今度はお前の番だと、三本に増やされた指を沈められ、圧迫感が募るが、ずっと隆起したままの前も一緒に扱かれて、訳のわからないもどかしさに腰を捻る。
気持ちよさよりも、身体の中に溜まる熱を壊して欲しい。いい場所を擦られて、腰が跳ねる。竹内にどうにかしてもらいたくて、首を起こす。
「も、もう、いい、だめ、」
ずっと好きだった男に手を伸ばす。
「ふはっ、どっちよ」
両手を首に回し引き寄せると、深く唇が重なった。舌を絡めてもつれ合うと、口内の奥深くにまで舌が入り込み、唾液でいっぱいになった。それが頬を伝うが目を閉じて竹内の熱だけを追う。竹内に求められていることが嬉しい。
触られるたび好きが溢れてくらくらする。愛されているのを全身で感じて胸が震える。
首筋に口づけられて、指が胸の粒を探し当てる。擦られ、摘ままれて背中がぞくぞくぞくっと震え上がった。竹内がそんな小川の反応に背をゆっくりと撫で擦る。首筋を辿った唇が耳朶を食み、乳首を口に含む。震えが止まらない。
「挿入れるよ」
グニ、と孔を竹内の屹立する先端で押される。グイグイと数回圧をかけられてゆるりゆるりと入って来る。
「ンーーーーーっ」
両腕を目の上で交差させて、圧迫感に耐えながら竹内を受け入れる。痛みはある。それでも竹内を感じたくて小川は必死になって呼吸を繰り返す。
「大翔、どう? 苦し?」
小川の呼吸を妨げないように竹内はそっと小川の開いた唇に触れる。こういう優しさを見せられると胸が苦しくなる。
体内に収めた鼓動が馴染むのを待つように、腹を浅く上下させる。黙っている事に竹内は不安を覚えたのだろうか、じっと様子をうかがい動かずにいる。ドクドクと感じる。竹内が、今、自分の中にいる。ずっと──好きだった男が。
小川は視界から避けるように首をパタパタと横に振るった。
返ってきた反応にホッとしたのか、ギュッと小川を抱きしめると竹内は耳元で囁く。
「良かった──」
腕を取られ、閉じた瞼にそうっと唇が押し付けられた。薄く目を開けると離れて行く竹内の顎にキスを返した。泣き出したいくらいに幸せだった。竹内と抱き合えるなんて、あの時の絶望に落ち、全てを諦めた自分に教えてやりたい。
「やっとお前……捕まえた気がする」
「俺は……悠生がずっと好きだったから、お前に捕まったまんまだよ」
ちょっと拗ねたように顔を枕に擦り付けて言うと、大きな手で髪をぐしゃぐしゃぐしゃーと掻き混ぜられ、グイと数回竹内の腰を押し付けられる。馴染もうとしている体内にじんわりとした疼きが広がり、開いた足がガクガクと震える。身体中が竹内に満たされる感覚、ああ、友達じゃこうして抱き合えない。奥深くまで探り合う事なんてできない。
「俺の前でだけ可愛いってお前卑怯……」
「だって、……お前だし……」
「大翔、好きだよ」
命を吹き込むように注がれた告白。心のどこかが壊れたように痛くて何も言葉が出なかった。
「こんな事したらもっと大翔の事好きになってしまう」
好きになれよ、そう言いたかったが言葉は詰まるばかりで出てこない。
艶のある瞳に光を宿らせて、竹内が小川を愛おしそうに見る。快感に熱を帯び、色を増した顔。初めて見る、こんな顔──
竹内がゆっくりと動き出す。ずん、と響く質量が重い。段々と突く動きにリズムが付き、身体が揺れる。擦られる孔内の熱がどんどん大きくなっていき、じわじわと身体に何かが広がっていく。小川を見つめる竹内の顔がぶれて、もっと見ていたかったが見ていられそうもなかった。
「あぁっ……うぅ、ぁ、ぁ……」
喘ぎが零れ落ちると、ご褒美のようにねっとりと溶けるようなキスをされ、震え上がるほどの快感が下半身を襲い小川は喉を反らして喘いだ。
つい力を入れてしまい、竹内を締め付ける。うっと頭を垂れて竹内は急激な刺激に耐える。それをきっかけに竹内は更に腰を動かし始め、肌のぶつかる音が鳴る。小川は奥深くまで飲み込もうと、両足を広げて竹内の背に腕を回した。
「気持ちよくなってきてる?」
うん、うん、と小川は声にならない声で頷く。分からない、けれど腰が蕩けそうで、動きを止めて欲しくない。だからきっとこれは気持ちがいいんだ。
「悠生、ゆう、せいっ……お前、は……? 気持ち、い……?」
そう聞くと竹内は額から汗を垂らして「やばい」と言った。
「お前好きすぎて、どうにかなってしまいそうなぐらい……っ、気持ちイイ」
身体を繋げる事でもっと好きになってくれるのならいくらでもしていい。気が済むまで何度でも何度でも。
いつの間にか絡められていた指と指ががっちりと繋がれていた。どこもかしこも繋がっている。
もう自分は竹内のものだ、心も体も全て──
頬を紅潮させて小川を感じている竹内の顔をずっと見ていたいと思った。身体を重ねることでしか見られない竹内の欲情した顏。自分にだけ見せていてほしい、ずっと。
顔と顔が近づき、舌を絡め取られ竹内の口腔内へと導かれる。吸い上げられ、ぶるりと身体が震えてしまった。
「あぁっ、んっ、ぁぁ……、あ、やっ」
箍が外れる、突かれるたびに背筋を這い上がる快感。勝手に喉から漏れる声を抑えられそうになかった。
竹内の熱い吐息が頬にかかる。頬をピンク色に染め、半開きの唇は唾液で光っていた。深く刻まれた二重の瞳が赤く充血していて、それだけで興奮する。
なんて色っぽい顔をするんだろう。友達だったらこんな顔見られない。ましてや抱き合うことなど。
竹内の快感に色づく顔をもっと見たくて必死に目の前に焦点を合わせる。竹内の唇が小川の頬に触れ、耳元で「気持ちいい」とうわ言のように囁やき、耳に舌を這わせる。
そのあまりの艶を含んだ声音に心を絞られるほどの悦びが身体を支配し、小川自身も掠れた声を上げた。
竹内の手が涙を流す小川のペニスに絡みつく。
「──んぁっ……あ、ンっ……」
ああ、気持ちがいい。
このままずっと自分だけのものでいてくれ──
熱く荒い息を吐く竹内に口づけたくて、小川は顔を上げて竹内の頬を手でなぞる。汗で湿る肌。唇に触れたらぱくりと指を食べられた。にこりと笑みを浮かべると結局竹内に揺さぶられて仰け反り、口づけができなかった。身体の奥深くに竹内を感じる、今だけの至福。
限界まで張りつめていく竹内の熱を懸命に感じながら、揺れてほとんど見えない竹内を懸命に見る。
「あっ……やまとっ、」
小さく何度もうわごとのように名を呼びながら、竹内は小川を真っ直ぐ見続ける。
解放がそこまで来て小川は腰を突き出した。揺れるのが止められなかった。竹内の手が射精を即すかのように速められて、もう何も考えられない。耐えられそうもなく首を横に振った。
「あっ、あっ……もうっ……」
「……俺も」
竹内が空いた手でぎゅっと小川を抱きしめて、自分も熱を持つ身体を抱きしめ返す。一緒に快感を共有し、身体の中が竹内で満たされて行く感覚。
「あっ、ゆうっ、あ、あ、イく……ッ」
「いいよ、俺もイきそう……」
切羽詰まった竹内の掠れた声がやたら艶っぽくてゾクゾクする。イけ、イってくれ。そう願いながら目を閉じる。固い灼熱が弱い所を擦り上げながら奥を突き、脳天を突き抜ける快感が走る──ああ、もう耐えられない、せり上がってきた熱に弾け飛んだ。
「うっ、んっ、ぁ、ぁ、」
竹内の右手に支えられて欲望が吐き出される。搾り取られるように何度も扱かれて一気に力が抜けていった。
息苦しいくらい呼吸を繰り返すたびに感じる、固く膨れ上がった竹内のものが、自分の身体の奥深くでドクドクと脈打っている。
イく顔が見たかった……竹内の快感に歪む顔が見たかった。
激しい呼吸を繰り返しながら、それでもなんて幸せなんだろうと満たされる悦びを身体中で感じ、小川は弛緩する身体を投げ出した。
制服を着た竹内が無表情でつまらなそうに外を眺めていた。
ふわり、と大きくカーテンが膨らみ、開け放たれた窓から吹き込んだ心地のよい風が、教室内に迷い込む。教室ではクラスメイト達が思い思いに話し、騒めきが広がっていた。
その中で一人、触れてはいけないもののように、竹内は頬杖を付いた右手に顎を乗せて一点だけを見ている。
好意という押しつけを嫌い、人を寄せ付けないようにしていた。
この男の懐に入るにはどうしたらいいのだろう、この男の心を得るにはどうすべきなんだろう、毎日考えていた。
小川は竹内と呼ぶ。
振り向いた竹内が、無表情だった顔を一変させて、ふわりと笑みに変えた。まるで待っていたかのように柔らかな眼差しで小川を見る。
そのたびに錯覚してしまう。
好かれているんじゃないのかと。
だけどそれはすぐに打ち消された。竹内の瞳は小川を通り越え、違う人を見ていた。
友達だった自分には得られないもの。
竹内の心が欲しくてたまらなかった。自分だけのものにしたいと何度も願っていた。
竹内の心を取り戻せたら──
それは自分には叶わない願いだったのに。
四月上旬、学校が始まり新しい別々の日々がスタートした。
竹内は早速大学でモテまくっていると、小川が高校の同級生女子達と作っているグループラインから情報があり、気が抜けない。
空手は高校まで、と言ってた割には、身体は動かしたいからと部活ではなくサークルに入り、週に一回道着を着ている。
女子が少ないサークルなのでホッとしたが、気づいたら映画館でバイトを始めていて、また気の強い女子に気持ちを押し付けられ、虚無になるんじゃないかと予感がしてならない。
小川は学校の伝手でサッカースクールのアシスタントのバイトを始め、生意気な中学生相手と楽しく接していたらなぜか生徒から人気が出て、コーチもいいなと思い始めている。
学校では、すでに仲良しグループができ、同じサッカー好きのせいか、学校生活は高校の時とあまり変わらない。
友達はどんな奴か竹内にしつこく聞かれ、案の定背の高い奴ばかりだったので「やっぱりな」と竹内は随分と不機嫌になった。
自分でも無意識過ぎて驚いた。本当に自分は背の高いスポーツマンが好きなんだとようやく自覚した。
それ以降竹内は、中津の時のような嫉妬心を表し、小川の友人らを把握したがるようになった。
毎日は変わらなく過ぎていく。季節は巡ってまた桜の樹は見事な花を咲かせるだろう。
小川の隣には当たり前のように竹内がいて、竹内はしっかりと小川の手を離さずにいる。
きっと何年経っても変わらない、二人のかたち。
あいつの心を取り戻すには 終
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