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最終話
「じゃあ、ボクも優木さんに食べさせて欲しいな」
赤い唇を、器用だと知っている舌でペロリと舐めると、堪らなく誘惑的で、妖艶だ。そんな仕草がしっかりと身についている小敏に、優木は夢中だった。
「じゃあ、はい」
優木が自分が食べたのと同じピザを一切れ手にすると、慎重に小敏の口へと運んだ。その様子に、文維と煜瑾もニコニコしている。
「やっぱり、好きな人と一緒に食べるご飯が一番美味しいよね」
小敏はそう言って、例の人タラシの笑顔で、煜瑾にウィンクまでした。
そんな親友の様子に、煜瑾も安堵の笑みを浮かべる。それがあまりにも穏やかで、清らかで、天使にしか見えず、その場の雰囲気が柔和になり、誰もが安らぎを覚えた。
「美味しいね」
「とっても美味しいです」
にこやかな小敏と煜瑾を、嬉しそうに優木と文維が見守っている。
それは、幸せを絵に描いたような、まさに「口福」いっぱいのディナータイムだった。
「そうだ!優木さんにお願いしたいことがあるのです」
唐突に煜瑾が言い出して、またも小敏は警戒する。
「なんですか、煜瑾さん?私に出来ることなら、遠慮なく言って下さい」
話しかけられた優木の方も、まんざらではなさそうなのが、小敏は気に入らない。
「小敏に聞いたのです。優木さんは、日本の家庭料理がお得意だとか?」
「家庭料理?それは気になりますね」
冷ややかな小敏の視線から守るように、文維が煜瑾の言葉に反応した。
「いや~、大したこと無いんですよ。シャオミンは気に入ってくれていますけど、それはこの子が日本に留学経験があるからで…。とても煜瑾さんや文維さんのような、上海セレブのお口に合うようなものではありませんよ」
照れ臭そうに優木はそう言って、同意を得るかのように小敏を振り返って、小さく頷いた。
小敏にはまるでそれが、優木の手料理は恋人のためだけのものだと意味しているような気がした。
(優木さんの作ったご飯は、ボクだけのものなんだからね)
勝ち誇ったような小敏のドヤ顔に、文維、煜瑾、優木はさらに楽しそうに笑う。
「どうしてもって言うなら、ボクんちでの夕食にご招待してもいいけど~」
「お前が作るわけじゃないだろう?」
文維が笑いをかみ殺すように、それだけ言った。そして煜瑾と顔を見合わせて、声を上げて笑った。
楽しかった。
ただ、愛する人がそこに居て、信頼できる友人が居て、美味しい物が並んでいるだけなのに、愉快で、楽しくて、幸福感に満たされていた。
どれほど高級な料理でも、これほど心から楽しめるとは限らない。
逆にどんなに粗食であっても、そこに愛情や友情という調味料があれば、美味しくて、楽しくて、幸せになれる。
これらの調味料は得難いものだけれど、一度手に入れたなら、もう怖いもの無しだ。
4人はそんな気持ちを共有しながら、さらに料理を食べ、杯を重ねた。
「はい、シャオミンの好きなポテトだよ。あ~ん、して」
「わ~。優木さんの『あ~ん』は、10倍くらいに美味しくなるよ~」
「あ!文維ったら、お口の端にスペアリブのソースがついていますよ」
「わざとです。煜瑾に取って欲しくて」
「もう…」
2組のラブラブカップルは、この世で最高に美味しいイタリアンを食べながら、眠らない上海の夜を堪能した。
〈めでたし、めでたし〉
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