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第1話

 何を言い始めたのかよくわからないまま、はあ、と間の抜けた相づちをうつ僕に先輩は続けた。 「ある小説に出てくる女の子が、好きな男の子の身体の、特に気に入ってる部分を食べ物に例えるんだよ。くるぶしは、サクサクのビスケット、なんだってさ。その描写がなんだかとても美味そうでね」  そう言って、先輩は僕がつまんでいたポテトををくわえて引っ張り、奪った。もぐもぐとポテトを噛みしめ、ごくんと飲み込むときに喉仏が動くのを、僕はなんだか目が離せずに見ていた。 「先輩、ポテトが食べたいなら好きに食べてくださいよ。Lサイズだからいっぱいあるし、もともと先輩がお金払ったんだし」  我に帰った僕が言うと、 「この時計、さ」  僕の手を握ったまま、先輩は、今度はもう片方の手でポテトをつまんだ。やっぱりポテトが食べたかったのだろうか。 「これがはまってる松元の手首って、ほんとにビスケットみたいに見えるね」 「確かに色は、スーパーに売ってる赤い箱に入ったあれに似てますけど、これは肉です。食べたら肉の味がしますよ。肉、食い足りないのならハンバーガーもう一つどうですか? 今度は僕が奢ります。甘いものがいいのなら、アップルパイにしますか?」  本当に食いつかれると思ったわけではないけど、僕は先輩から逃げるように立ち上がった。 「じゃあ、アップルパイ奢ってよ、松元」  そう言った先輩はとてもうれしそうで、やっぱり甘いものが食べたかったらしい。  レジのある一階へ向かう階段で、窓際の席を振り返る。先輩の手は、トレイの上の空間に取り残されていた。僕の手を握っていた形で。  何故か違和感があって、右手を見る。  そうだった。時計、まだ右手のままだ。

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