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第6話

 花先生が幸知ちゃんたちのもとへかえっていき、この町に春がやって来た。 俺は中学校を卒業する年齢になり、正式にeat loveに就職。事務手伝いをしながら高卒認定を取るべく勉強する毎日を送っていた。一方富実は高校を卒業し、大学へ進学。心理学を専攻し、Vローム専任のカウンセラーを目指すことに。アルバイトはそのまま継続してて、花先生の後任となるべく、カウンセラーとしてやしき診療所に就職するのが目標。といってもVローム当事者であるカウンセラーは必須なので、俺と富実で花先生の跡を継いでいくことになる予定だ。  そんな忙しい毎日でも、富実は欠かさず俺のところへ通ってくれている。ここ最近の一番の目的は、俺の高卒認定に向けた勉強のサポートだった。 「尊人はやれば出来る子だね! 数学なんて俺より出来るんじゃない? 理系だったんだね」 「理系どうこうはあんま考えたことなかったけど、計算は楽しいよ」 「いいな~。俺完全に文系だったもーん。あ、でも英語出来ない系ね♡」 「自慢にならねえだろ…」  富実はここからでも通える範囲の大学を選んで、大学と仕事を両立させている。普段は忘れそうになるけれど、富実は相当な努力家だし、頭の良い人なのだ。富実に置いて行かれないように俺も頑張らなくてはと、ペンを握り直す。すると富実が「あ」と声をあげた。 「忘れてた!今日ね、渡したいものがあって」  そう言って富実は隣に置いてあるカバンに手を突っ込み、何かを取り出す。それは小さな白い箱で、勘の悪い俺でもそれが何なのか察しがついた。ゆっくり箱を開くと、二つの宝石が光る銀色の指輪が現れた。 「俺と尊人の誕生石が一個ずつ入ってるの。前に買うって約束してたでしょう?」 「え、だって、え、そんな……えっ」  確かに約束していた。でも、まさかこんな、なんでもないタイミングで渡されるとは思っていなくて面食らってしまったのだ。 「高い物は買えないけど、でもこの指輪は、俺がこの診療所の手伝いをしたお給料で買おうって決めてたの。時間が掛かってごめんね」 「それは、全然よくて……」 「もしかして尊人、指輪は結婚式で渡して欲しい派?」 「お前ふざけんなよっ結婚式なんかしたくないっ!」 「えー。俺はしたいけど。まあ尊人はしたくないって言うって分かってたけどさ」  小さな箱の中から取り出される、銀色に光る指輪。その指輪を手に取り、真剣なまなざしで、俺の左手を大事に包み込んだ。 「だからこれは、俺たちだけが分かる結婚の印。受け取ってくれますか?」  左手の薬指をするりと撫ぜられる。少し身構えたことが伝わったのか、富実が溶けるような優しい声で囁いた。 「指輪、つけるの嫌?」 「……嫌じゃない。だけど、付ける前に、一個俺の話聞いてくれる?」 「もちろん! 何でも言って」  富実とパートナーになってから、俺は基本的に富実の血液だけを摂取している。もちろん富実の体調を考慮して別の輸血を受けることもあったが、それでも富実の腕にはいくつもの「献血」の跡が残っていて、俺はそれがたまらなく辛かった。 「俺、ね。これからもずっとお前から栄養をもらいたいよ。でも、お前の身体を傷付け続けることになるのは嫌なんだ」 「俺は大丈夫なのに」 「俺が大丈夫じゃないの!」 「でもさぁ、血以外ってなるとさ……」  富実は言葉の続きをぐっと飲み込む。お前が言いたいこと、俺のために言わないでくれていること、ちゃんと分かってる。だから俺から言わせてね。 「結婚するなら、俺、富実に負担を掛けたくない。だからお願い。初めてじゃないし、傷物だけど……俺の全部、お前で上書きしてよ」  羞恥心を飲み込んで、精一杯の勇気を振り絞る。恐る恐る彼の瞳へ視線を上げると、その瞳はほのかに熱をはらんでいるように見えて、お腹の奥底がじんわりと熱くなっていくのを感じた。 「傷物なんて言わないで。尊人はずっとキレイだよ。ずっとキレイなままだから」  そう言いながら、優しいキスを一つ落とされる。その口づけにこたえながら、かたく手を握りあい、シーツへと押し倒された。目の前に広がるのは、白い肌を赤く染め上げた、美しい人。その美しさに吸い寄せられるように、もう一度富実の唇に吸い付いた。 「んっふぁ……っ」 「ほら、口開けてごらん?」 「んっんんあっ」  富実は少しずつ、俺の口の中を唾液で満たしていく。その味は今まで感じたことがないくらい、甘くて美味しくて、脳みそが痺れるような感覚が身体中を走り抜けていった。身体中の熱が上がり、自分のものが反り立っていることに気が付いた。 「あ……や、やだ……っ」 「何がいやなの?いいんだよ、そう言う気分になって欲しいんだから」 「だ、けど……っ」 「俺もおんなじ。ほら、触って?」  そう言って富実は、ゆっくりと俺の手を自分の下半身へと誘導させる。ズボンを押し上げているそれを見ただけで、心臓が破裂しそうだった。 「やっぱりまだ怖い?」 「ち、がうの、そうじゃない……」 「なに、教えて」 「……俺、変、変なんだよ、どうして……っ」  俺にとってこの行為は、ただ恐ろしくて汚らしいものだったはずなのに、身体中の細胞が叫んでいるんだ。  富実の精液が飲みたい。  飲みたい、飲みたい。  口いっぱいに、おなか一杯に。  恥ずかしさのあまり俯いた顔を上げられずにいると、耳元で富実が優しく囁いた。 「……変じゃないよ。嬉しい。俺のこと、求めてくれるって分かるだけで、こんなに幸せになれるんだね」 「と、み……っ」 「ほら、尊人のために作ってるんだから、飲んでくれないと困るよ。おいで」  富実が俺の頭を優しく誘導してくれる。そしてゆっくりと、先走りをダラダラと垂れ流す富実のペニスに唇を落とした。 その瞬間、甘みとも苦みとも言えない、なんとも味わったことのないうま味が口いっぱいに広がった。 恐る恐る口を開けて富実のそれをゆっくり口に収めていく。しかし、その瞬間下半身に強い刺激が走り抜けた。 「んぁっ……⁉」 「俺ね、これを食事だけで終わらせたくないんだよね。尊人に、知って欲しいんだ」 「やっんぁ……ま、まっふぇ……とぃ……あんあっ…」  ズボンを下ろして、反り立つ俺のものに手を伸ばしてしごき始める。 やめて、やめて、そんなこと……っ 「俺は尊人を愛してるから、これを栄養補給とか食事だけで終わりにさせたくないんだよ。ちゃんと毎回知って欲しい。俺が尊人を愛してるから、こういうことをしてるんだよって。他のVロームに血液をあげることはあっても、これは、尊人としかしない、特別なことなんだよって」 「……ね、え、富実……っ」 「いやだった?」 「お、俺っ……き、きたなく、ない? 幻滅……しない?」  震える声で、富実を見つめる。 あの日の視線を、俺は一度たりとも忘れたことはない。あざ笑うように、軽蔑するように、俺を見下ろしたあいつらの視線を、死ぬまで忘れない。 けれど富実の瞳から感じたものは、それとは全く違うものだと、すぐに理解した。 「このまま口から飲んでもいいし、尊人が許してくれるなら、俺はちゃんと尊人と繋がりたいと思ってるけど、どっちがいい?」 「……わ、かんない。けど、でも俺、ちゃんと飲みたい。それで、富実にも、その、気持ち良くなって、欲しいけど……」 「うん、ありがと。じゃあ、最初に飲んじゃおうね」  富実に言われて、口の動きを速くする。すると、彼のなまめかしい声が少しずつ漏れるようになってきた。 「ん……っ尊人、気持ちいいよ……ちゃんと全部、飲んで、くれる?」 「んっちょ、ちょーらい、とみ……っ」  富実は俺の頭を固定して、勢いよく白濁を放った。ごくごくと喉を鳴らし、一滴残さずそれを飲み込んでいく。その様子は分からないけれど、富実の熱いまなざしが注がれていることに気が付いた。 「はぁ、尊人……っねえ、ちゃんと、美味しかった?」 「……うん。たぶん、今まで生きてきて、一番」  ああ、どうして涙が出てくるんだろう。 止まれ、止まってくれ。頼むから。 悲しくて泣いているんじゃ、ないんだから。 「……飲んでくれてありがとう、ねえ尊人、俺、尊人の全部、もらっていい?」  そう言って富実は、俺が着ているトレーナーをずりあげて顕わになった肌に触れる。そしてゆっくりと、乳首に手を伸ばした。 「は、あ、ま、まって……っ」 「ん?乳首はいや?」 「そ、そう、じゃ、なくて…っだ、誰かに触られたこと、な、ないから、こわい」 「そっか、教えてくれてありがとう」 「ちょ、ま……っんんっあっ」  口元に弧を描きながら。乳首を丁寧に舐めまわし、吸い上げていく。俺はそのたびにみっともない声が出てしまい、恥ずかしくて、しにそうだった。 「ん……っぐ……っ」 「ねえ、どうして声おさえちゃうの? もっと聞きたいんだけど」 「だ、だって……気持ち悪いっ」 「わかった、尊人がそういうネガティブなことを考えなくなるように、俺頑張るからね」 「なに、い……って……」 「何も怖がらなくていいよ。俺はどんな尊人も好き、愛してる」 「……富実」 「だから、ね?触っても、いい?」  富実は、不安になる俺の気持ちを一つずつ確認してくれる。そして、絶対無理矢理触ったりしない。そんな彼の優しさが、涙が出るくらい嬉しくて。本当に俺は、この人に愛されているんだと実感が湧き上がる。 「俺の全部、富実が、もらって……っ!」 「うん。ありがとう、尊人」  ずぐり、俺の中に、富実の白くて長い指が、一本、二本と侵入してくるのが分かる。 「ふ、ん、んんっ」 「痛い? 苦しい?」 「く、るしくない、けど……んあっ……へ、変な感じは、する……っ」 「わかった。じゃあもうちょっと動かしてみるね。怪我したら、大変だから」  二本の指をバラバラと動かしながら、少しずつ中を広げていくと、腰のあたりにぞわぞわと、今まで感じたことのない感覚が走って行くのが分かった。 なに、なんだ、なんだこれ。 「……ひ、ぃ……っ」 「ここ?」 「あ、ま、まっ待って……っも、やっ」  富実の腕に手を伸ばし、なんとか力を振り絞って止めさせる。でもそれは、嫌だとか痛いとか、そういうことじゃない。 「も、い、いから……っ」 「うん、分かった。でも痛くなったり、怖くなったら言ってね」  富実の反り立ったものが、俺のぷくりと赤くなった蕾の縁をするすると撫でる。おなかの中のあついところが、そのたびにビクビクと跳ねるのが分かった。 「……本当に入れるけど、尊人はもう、大丈夫?」 「……好き、好きだよ。富実。大好き。愛してる。お前しか欲しくないから、お願い。早く……!」 「ありがとう。俺のことを受け入れてくれて。大好き、尊人」  俺の言葉を受け取った富実が、ずぐりと俺の中に侵入する。あまりの強い快感に、目の前がチカチカ光って見えた。 「あっふ、あ……んんあっっ……あぁっ、と、み……っんぁ……っはっああ……っ」 「すごい、尊人の中、俺のぎゅうぎゅう締め付けて絶対離さないって、言ってるみたいだよ……っ可愛い、可愛いね」 「んっあ……と、富実……っ」  俺の顔の横に置かれる彼の手に、自分の手を添えると、富実はすぐに顔を寄せて囁いた。 「どうしたの?やっぱり怖い?」 「……は、離れないでっそ、そばにいて、おねがいっ」 「お前が離れたいって言っても、離してやらないよ……っ」  富実の腰が、激しく俺を打ち付ける。その動きはどんどん速くなっていき、もうすぐ限界が近いことを知らせていた。その瞬間、今まで感じたこともない快感が落雷の様に全身を走り抜けていく。 「んんぁああぁあっっっ……い、いぐ、あっあぁあ……っ」  彼が俺の中に、白濁を注ぎ込む。富実は俺の身体のあちこちにキスを落としながら、隣へと倒れ込み、肩を抱き寄せ顔を向け合った。 「……どう?お腹いっぱいになった感覚、ある?」 「…うん、すっごく」 「嫌だったり、怖いと思うことはなかった?」  不安そうな表情で、じっとのぞき込んでくる。でもどうか、届いて欲しい。 「……ないよ、一個も。ねえ富実、俺ね、お前にされて嫌なことなんて、きっと一個もないよ。こんなに幸せなのに、そんなこと聞かなくていいんだよ」  俺の言葉を受け、富実の頬に涙が伝う。それをじゅっと舐め取れば、口いっぱいに広がる、幸せの味。 「俺と結婚するんなら、涙も俺のもんだよ。覚えとけ」 「……うん、俺の全部、尊人にあげる。俺を選んでくれてありがとう」 「ねえ、富実。このまま一緒に寝てくれる?」 「もちろん、でもどうして?」 「朝起きて、お前を見たら、今日のこと、夢じゃないって分かるから」  彼は「本当、しょうがないね」と笑みをこぼしながら、優しく俺を腕の中へ抱き寄せる。  そうして二人の意識は、まどろみに溶けていった。 ――俺はVロームになってからずっと、暗闇の中、明けない夜を過ごしていた。一人でずっと死にたいと叫んで泣いていた。でも富実が俺を見つけて手を取ってくれたから、俺の夜は明けていき、あたたかい光で包まれた。富実は俺の夜を終わらせる、朝焼けのような人だった。 「どうしたの。怖い夢でも見た……?」  頬に指を伸ばして雫を拭い取る彼は、不安そうな声で問いかける。そのまま彼の指に自分の指を絡ませ、ゆっくりとこちらへ引き寄せた。 「違うよ。朝焼けがあんまりキレイだったから……」 「本当だね。おはよう尊人」 「おはよう、富実」 「これで、夢じゃないって信じられた?」 「うっせえ」  初めて富実と迎えた朝焼けの光を思い出す。あと何回、お前とこの光を見られるかは分からない。相変わらずすぐネガティブな気持ちになるけれど、最近俺はその気持ちを和らげる方法を見つけた。  抱き寄せた彼の左手の薬指で輝く印に、祈るような気持ちで口づけを落とす。 人生の終わりを迎えるその日まで、こうやって何度も朝焼けのなかで、俺の手を握っていてね。

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