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第25話 魔王様の焦り(sideラニット)後編
湧き上がる殺意のままに目を眇める。奴の肩がビクッと跳ね、一歩足を後退させた。
僅かな唇の動きで呪を唱える。
俺の足元に鮮やかな青い魔法陣が出現したことに気付き、奴以外の者達も動揺した様子が見えた。
魔法陣に沿って、床に人の頭大の穴が五つボコッと空く。クッと顎をしゃくると、その穴は床を切り裂くように亀裂を広げて、目の前の男たちに向かっていった。
「っっっつ!!?」
ヤツらは王族を庇いながら、跳躍し亀裂を避ける。その瞬間を狙い、亀裂を生じさせていた穴から禍々しい程に赤黒い爪が飛び出し、ヤツらを切り裂いていった。
魔族には「手加減」という言葉はない。潰すなら徹底的に。それが基本だ。
「うああああああっ!!」
「っっっぐぅ!!」
「ーーーーーーっつ!!!!」
醜い叫び声が上がる。容赦なく骨を断たれ肉が裂かれ、凄まじい形相を晒しているヤツらを、ただ無感情に眺めた。
血の雨と共に千切れた手足がボトボトと床に落ちる。最後に簡易のプレートアーマーを装着した騎士の身体が、ガシャンガシャンと耳障りな音を立てて床に叩きつけられていった。
チラリと視線を流す。
騎士に庇われた人間の王とその息子は、ヤツら自身の血でできた血溜まりに無様に伏す姿を呆然と眺めていた。
「ま………魔王………」
掠れた声で王が呼ぶ。俺は溢れ出る威圧を押さえることなくヤツらを見た。
「無様だな、人間界の王よ」
「私たちを殺すのか?」
「楽な死を与えるほど俺は優しくない。どうせ近く審判の日 はやってくる。その時まで精々無駄に足掻いて生きればいい」
俺の言葉に、ガックリと王はうな垂れた。
「ち……父上?審判の日とは何ですか?」
理解できていない第三王子の震える声に、父王が答える様子はない。
人間界の事は人間自身で片を付けねばならないのだ。
アイツらを生かしておくことは非常に業腹 だが、それが摂理ならば致し方ない。
ーーどうせアイツらは自滅する。
興味を失くした俺は、レイルを抱えて魔道へと身を滑り込ませたのだった。
★☆★☆
「ラニット、お戻りですか!」
魔界に辿り着いて早々、プルソンが駆け寄ってくる。腕の中のレイルに目を止めると、痛々しそうに眉を顰めた。
「……ああ、可哀そうに……。ベレトが部屋を準備してますから、そちらへ」
「ああ……」
頷き、そのまま足を進める。
レイルの部屋に辿り着くと、ベレトが治療の準備をして待機していた。
『状態固定の魔法かけてんの?ボクがレイルを受け取るから、術を解除してよ』
「俺が運ぶからいい」
布を広げるベレトの脇を通り過ぎ、そっとベッドへと降ろす。
呆れたような目で俺を見ていたベレトがトテトテとベッドに近付いた事を確認して術を解除した。
途端にジワリと全身の傷から血が滲み始める。
『λζθξμΞΛ………』
すかさずベレトが呪言を口にした。ベレトは魔族の中では珍しく治癒魔法が使える。
ただ対魔族用の術だから、人間であるレイルにどれ程効果があるのかは分からない。
それでも死の淵ギリギリにいるコイツをこの世に繋ぎとめるだけの効力はあるはずだ。
『あー聖魔法の気配がする。すっげクサっ!』
鼻をヒクつかせ顔を顰めているが、治療の手は止めない。ベレトが放つ淡い紫色の光はレイルの全身を包み込み、深い傷をジワリと癒していった。
『ラニットの魔力の気配と、聖魔法の気配……ねぇ。何が起きたか大体の予想はついちゃった。じゃ、ラニットの腕が吹き飛んだのは、世の理に反してレイルを攻撃しちゃったから?』
「だろうな。レイルは別に死を望んだわけじゃない。だが俺の魔術がコイツを傷つけたから、理からしっぺ返しが来たんだろう」
『ふぅ~ん……』
傷は塞がり、流れていた血も止まる。しかし失った血の多さから、レイルの顔色は依然酷いままっだった。
『失血は治癒の範疇じゃないよ。レイルの身体が頑張って血を作り出すしかないね』
「………」
身体の状態をベレトが確認したあと、俺は魔術で血で汚れた全身を清め、清潔な寝衣に着替えさせてやった。
それを黙って見守っていたベレトは、ベッドに両手をついてじっとレイルを見つめた。
『この子はさぁ、自分の事、なぁーんにも分かってないよねぇ』
「人間界で全てを知っているのは教皇だけだ。教皇がレイルの生まれた国の王に、その意味を説明をする。しかし説明を受けた王が、その後どうするのかは各個人に委ねられる、そういう決まりだ。大体後ろ暗い事がある奴らは、都合の良いように情報を操作する。必要な事をレイルが知らないのは、レイル自身のせいじゃない」
『まぁ、そうなんだけどさ。レイルの望まない事は強制できないし、また望む事を妨げてはならないってなってるのに、なんでこの子はこうもボロボロになっちゃうんだろうね』
「それは………」
口を噤む。キシっと音を立てベッドに腰を下ろすと、血の気がなく青白い顔をそっと撫でた。
「レイルが望みを口にしないから、だろうな。抑圧されて育ったコイツには、自分の気持ちを口にする事すらもできなくなっている」
『もしかして、言葉にした望みだけが叶うっていうってやつ?』
「そういうことだ。真摯な願いのみが神に届く。胸の内にただ想いを秘めているだけでは、ダメだって事を………」
触れる唇は冷たく、そこには可笑しそうな笑みの形になることも、不貞腐れた様に尖らせることもない。
それをそっと優しく、撫で擦る。
「レイルには覚えてもらおうか」
長いまつ毛に縁取られた固く閉じた瞼、まだ少し幼さを残す頬、感情の乗っていない青い唇、そのどれもか痛々しさを滲ませているのに……。
こうして触れることができる距離にレイルがいることが、途方もなく嬉しい。
そう感じる自分に、もう苛立つことはない。
ーー覚えておけ、レイル。
「オマエは俺から逃げられない」
サラリと真っ白な髪を掻き上げる。
露わになった額に、ゆっくりと誓うように口付けた。
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