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第42話 判断の誤り(sideラニット)
「ーープルソン、今、どういう状況だ?」
「ラニット?レイルから離れて大丈夫なんですか?」
魔族領との通信を行うための部屋で待機していたプルソンは、現れた俺を見て酷く驚いた顔をした。
それもそうだろう。
魔王交代のニュースは、魔界を震撼させた。
前魔王ザガンの時代からまだ三百年。暴君の治世を覚えているヤツは多い。
そのザガンからやっとの思いで王位を簒奪した俺が、無血開城したとなれば、不安が増さない訳がない。
今、魔王城には魔貴族たちの間諜が多く蔓延っている。
だが、それ自体は問題ない。
レイルを知れば、あの暗黒の時代が再び訪れるなんて事にはならないと分かるだろう。
念のためヴィネを置いてきたのは、レイルの見た目の可愛さからつい手を出そうとする輩を排除するためだ。
魔族は自分の欲求に正直だからな。
わざわざヴィネを置かずとも、レイルが「真っ黒さん」と呼ぶ人形が全力で彼を守っているから問題はないのだが。
が、あの人形達のレイルへの深い愛情は何なのか……。
レイルもヤツラが来ると嬉しそうな顔をするし、あの相思相愛ぶりがどうにも解せぬ………。
モヤつく気持ちを押さえ、俺はプルソンの前にある人の頭大の玉に目を向けた。
「ヴィネを置いてきたから問題ない。それより向こうはどうだ?」
「あちら側 も随分混乱してるみたいですよ。セーレが大赦を要求するなんてって。天変地異も良いところです」
「腹の探り合いをしても無駄か……。直接セーレと話をするしかないな」
その言葉に、プルソンは渋い顔になった。
「あの方とまともな話し合いになると思いますか?かなりの確率で無駄になると思いますよ」
「それでも仕方あるまい。繋げ」
命じると、渋々通信用の玉に手を翳した。
「魔界より、大公セーレに繋ぎを求む。ラニットが対話を希望だ」
ヂヂヂ……と羽蟲の羽音のような音の後に、静かな男の声が聞こえた。
『ーーーー何の用だ』
「久し振りだな、セーレ」
『……いつから貴様と私は旧知を温めるような仲になったんだ』
棘を含む言葉に、俺は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「では単刀直入に聞こう。大赦は何のためだ?」
『急に連絡してきたと思えば、そのことか』
苦々しい口調で呟く。
『審判の日に備えるためだ。新魔王の誕生という慶事で恩赦を与える、その名目があれば審判の日に魔族領が被る被害を抑える事ができる』
「………なに?」
『魔界に住むお前達には理解しにくいだろうが、魔族領は人間界の一部だ。そして今回の騒動の元になったアステール王国の領地内にあるんだ。
審判の日に受ける余波は魔界の比じゃない。それを防ぐには、神々が好む善行を行う必要があるんだ。だから『罪人を許した』という形が欲しい』
善行………成る程。罪は憎んでも人は憎まず、か。
まさしく天界が好みそうな理屈だ。
『今回の『審判を下す者』は長い間蔑ろにされ、もはや苦痛を苦痛とも感じれないくらい摩耗しきっていたと聞く。天界はそれを許さない。近々訪れる審判の日は、過去最悪の日になるだろう』
「…………それは……」
ふとレイルの顔が思い浮かぶ。
自分の気持ちを言葉にするのが苦手で、感情すらも偽って表出していた、誰よりも弱く誰よりも難解な存在。
『私は魔族領を預かる者だ。使える手を使い、守るべきものを守るだけだ』
「…………………」
その言葉に考え込む。
セーレの言い分をそのまま信用するのは危険だ。
だが、捕らえたままの人間を渡す分には問題はないのではないか………。
チラリとプルソンを見ると、ヤツも熟考し魔界が受ける打撃がないか探っているようだった。
やがて顔を上げ俺の方を向くと、小さく頷いてみせた。
「………分かった。大赦を許そう」
その瞬間響いたのは嘲るような哄笑だった。
『相変わらず甘いな、ラニット!その甘さがザガンから王位を簒奪する事を躊躇わせ、そして私の愛しきラウムを死に追いやったというのにな!』
「セーレ!?」
「っ!!ラニット!私はレイルの所に行きます!!」
『もう遅い!!ラニット、貴様も大事なモノを奪われる苦しみを味わうといい!!』
その叫び声と同時に、ドゴンっっ!!と何かが破壊する音が響いた。
はっ!と窓に走り寄り執務室がある場所に目を向けると、そこは抉られたような跡を残し、既に執務室は影も形もなくなってしまっていた。
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