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第58話 本の秘密(後編)

 二人もやや遅れて向かいの席に腰を下ろすと、真っ黒さん達が手早くお茶の準備をしてくれた。  ラニットが手を伸ばしカップを取って手渡してくれる。僕のだけお茶の色が違うなぁって思いながらカップに口を付けると、それはアップルミントティーだった。  仄かにフルーティーな香りとほんのりした甘さを感じるお茶に、僕は知らないうちに入っていた肩の力を抜いた。  「ーー美味しいです。真っ黒さん、ありがとうございます」  ほわっと笑みを零してお礼を伝えると、真っ黒さんは「いえいえ」と相変わらず謙遜して手を振ってくれる。  やっぱり可愛いなぁ……。  目を細めて真っ黒さん達を見ていると、カップをわし掴みして一気にお茶を飲みほしたラニットが盛大に舌打ちをした。  「ーーオマエ、相変わらず奴らが好きだな」  「はい!大好きです!」  『ぶぶぶ……。こんな余裕のないラニットって初めて。貴重な瞬間だね』  「ブフッ、笑っちゃ悪いわよぉ」  何故か笑われてしまった。  『ところでレイル?』  「はい?」  何かに気付いたのか、ベレトが僕の首元を指さした。  『ペンダント、どうしたの?赤い石が付いたやつ。大事にしてたじゃん』  そう言われて、僕は石があった場所を手で押さえた。  「大公に潰された心臓の代わりになったみたいです。心臓の鼓動が再開した時に無くなっていたから、多分」  『し……心臓、潰されたんだ……。あー、じゃあラニットのこの余裕のなさも納得かなぁ』  「大事だったんでしょ?淋しくなぁい?」  ベレトの呟きの最後の方は良く分からなかったけど、アスモデウスの心配には笑顔を返した。  「大丈夫です。大事だったけど、僕の中にあるのには間違いないし。それに元は本だったんですよ、あれ。暗唱できるくらい何度も読んだから、淋しくはありません」  僕はトントンと心臓の位置を軽く叩いて見せる。もうおばあ様の本を頼らなくても、僕を助けてくれる人は沢山いるって知っているから、大丈夫。  その僕の手を、ラニットの大きな手が包み込んでくれた。すりっと硬い指先が僕の手の甲を渚めるように撫でていく。  「本なの?なんていうタイトル?探してきてあげましょうか?」  アスモデウスの優しい申し出に僕は首を振った。  「あの本、僕が持っているもの以外どこを探してもなかったので。『光の使途と黄泉の王』って本だったんですけど、知ってますか?」  そう伝えた瞬間、ベレトとアスモデウスが驚いたような顔になる。  僕はそんな二人を見ながら、ちょっとだけ照れつつ正直に話した。  「その本に出てくる黄泉の王が、僕の初恋なんです。凄くかっこいいんですよ。おばあ様が下さった本だから大事だったのもあるけど、その初恋の人を手放したくなくて大事にしてたんです」  でも、僕もう黄泉の王より大事で大好きな人を見付けたから。代わりの本なんて、必要ないんだ。 その次の瞬間、突然ラニットが僕を抱えて立ち上がった。  「え?」  「今のは完全にオマエが悪い」  な……何が?慌てる僕を意に介す様子もなく、ラニットは再び僕を抱えて歩き出してしまった。  今度はベレトもアスモデウスも止めてくれない。  『知らなかったとはいえ、これは仕方ないか……』  「そぉねぇ~……」  二人ともうんうんと頷いている。盛大に疑問符を飛ばしている僕に、ベレトは苦笑いをしながら言った。  『物語の内容覚えてるんでしょ?似たような話、どこかで聞かなかった?』  「似たような話?」  僕はラニットを見て首を傾げると、ラニットも足を止めて僕を見つめた。  お話は、悪い悪魔が人間を虐殺するのを見て、心を痛めた光の使途様が慈悲を施してくれるというもの。  でも人間達は次第に傲慢になっていき、使途様の慈悲を当たり前のものと思うようになる。  そしてある日、人間界に姿を現した悪魔が人間を襲おうとした時、彼らは使途様を生贄にして逃げてしまうんだ。  尽くした者に裏切られてしまった使途様を哀れんだ死者の国の王である黄泉の王が悪魔を退治してお話は終る。  「……あれ?」  『それさ、ザガンとラウムとラニットの話ね。人間界で数少ない良心が残ってた奴が真実を物語の形で残したの。三百年前の本だからもう数冊しか残ってないよ』  「え?」  「つまりぃ~レイルちゃんの初恋ってラニットって事なのよねぇ~」  「えっと?」  もはや疑問符しか浮かばない。黄泉の王がラニットなの?  キョトンと瞬く僕に、ラニットはこの上なく甘い笑みを洩らしながら眦に唇を寄せた。  「……嬉しい告白だったぞ」  「っつ!!!!!」  僕は両手で口元を押さえてしまった。僕、さっき何て言った?  初恋の人だって、手放したくなくて大事にしてたって……、本人に言っちゃったたよー!!!!!  「まぁ頑張ってねぇ~」  『明日はゆっくり寝てていいからねー』  二人に手を振られて、僕はもう何も答えることはできなかった。

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