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09.べっこう飴(☆)

「まっ、マジで笑い死ぬかと思った……」 「ふふっ、お疲れ様」  妖怪・(すね)擦りこと麦君からの熱烈接待を受け終えた俺は――リカさんに()ぶられる形で移動していた。  何でもおすすめの休憩スポットに連れて行ってくれるらしい。  おんぶなんて子供の時以来だ。正直メッチャ恥ずかしい。けど、密着出来るのはお得感もあって。 「どうかした?」 「あっ……! いえ……その……っ、リカさんやっぱ背ェ高いなぁ~と。あ~あ……っ、俺ももっと背ェ伸びないかなぁ~」 「伸びるといいね」 「ははっ、他人事」 「まぁ、どっちでもいいっていうのが本音かな」 「ですよね~……」 「今のままでも、もっと大きくなったとしても……私は変わらず優太(ゆうた)のことが好きだよ」 「~~っ!!!」  負ぶられてて良かった。本当に良かった。顔が熱い。心臓がうるさい。鼓動、伝わってないよな……? 「着いたよ」  いや、タイミング……!!! 「って、わっ……」  目の前には水田が広がっていた。猫草みたいな稲が、青空色に染まった水鏡の上で小さく揺れている。 「……気持ちいい」 「こうするともっと気持ちいよ」  リカさんは俺を地面におろすなり芝生の上に寝転び出した。頭の上にはパラソルみたいな大きな木が。確かに気持ちよさそうだ。 「……よしっ」  思い切ってリカさんの隣に寝転んでみる。レジャーシートもなしに。借りものの着物のままで。 「気持ちいい……」 「でしょ?」 「……自由ですね」  何にも縛られず、何からも追われることなく、ただぼんやりと空を見上げる。  何を生み出すでもない時間。無駄遣いとも取れるけど、それだけに堪らなく贅沢だなとも思う。 「優太は元いた世界でも頑張り屋さんだったんだね」 「そんなことないですよ」  前世はクズ中のクズだった。良くしてくれた友達を見捨てるような、独りになるのが嫌でひたすらに迎合するようなヤツで。  本当のことを知ったら、リカさんはどう思うだろう? 幻滅……するのかな?  (あご)に力が籠る。怖い。リカさんに嫌われたくない。  一方で知ってほしいとも思う。受け止めてほしいんだろうな。弱くて最低だった俺のことも。 「……浅まし――」 「豆腐は要らんかね~?」 「っ!!?」  視界に何かが入り込む。傘を被った……子供? 見た目は7~8歳ぐらい。舌を顎の下まで伸ばして、手にはお盆を持ってる。  ぶっちゃけ怖いけど、折角の厚意だ。ちゃんと応えないと。  俺は上体を起こしてその人と向き直る。お盆の上には案の定、真っ白で美味しそうなお豆腐が乗っていた。 「ありがとうございます。ちょうど小腹が空いてて――」 「あ~げない♪」 「えっ?」  豆腐屋さん(?)はケタケタと笑いながら去って行ってしまった。何だったんだ……? 「君、気に入られたね」 「そう……なんですか?」 「あのお豆腐、食べたら全身カビだらけになるから」 「まっ!?」 「くれないのは好意の証だよ。嫌いな相手には、あの手この手で食べさせにかかるからね」 「おっ、恐ろしい子……」 「ふふっ、代わりにこれを」  袖から小さな巾着袋を取り出した。中から金色の飴が出てくる。丸型じゃない。四角い形でカットされてる。 「甘くて美味しいよ」  俺を安心させるためか毒見をしてくれる。お豆腐屋さんの後だからかな? 苦笑一つに飴を貰う。 「綺麗だ」  透き通ってる。太陽に(かざ)すとキラキラと輝いて。 「リカさんの目みたいだ」 「……えっ?」 「っ!!? ごっ、ごめんなさい。俺、何言ってんだろ……」  誤魔化すように飴を口に入れた。甘い。……甘ったるい。流れ漂うこの空気が。 「食べられちゃった♡」 「ぐっ!!? ごふっ!! りっ、リカさん!!」 「ふふっ、ごめんごめん♪」 「~~、もうっ」  俺は再び芝生に寝転がった。リカさんに背を向ける形で。認めよう。これは完璧なるふて寝だ。 「…………」  リカさんは何も言わない。吹いては去って行く風がBGMに……はならなかった。気まずい。気まず過ぎる。 「この里はどうだろう? 気に入ってくれた?」 「気に入るだなんてそんな……っ、ほんとありがたいです。俺みたいなのを受け入れてくれて」  背中を向けてるからリカさんの表情は見て取れない。ただ、何となくだけどリカさんが笑っているような気がした。満面の笑みというよりは苦笑寄りな感じで。 「実を言うとね、私達は人間のことが好きなんだよ」  初耳だ。いや、でもそうなってくると諸々辻褄(つじつま)が合う。俺は威嚇こそされたけど襲われることはなかった。  リカさんがお目付け役としてついてはいたけど、フリーのタイミングもしっかりあった。襲おうと思えばいくらでもチャンスはあったわけで。 「人間にも家族があり、他者を思いやる心がある。皆、形はそれぞれだけど実体験を通してそれを学んだんだ」 「リカさんも?」 「ああ。傷付いて敗走していたところを人間の親子が助けてくれた」  それまでの常識を覆すぐらい優しい人達だったんだろうな。胸が温まる。反面、萎縮してしまう。 「君となら過去の思い出を大切にしつつ、新しい思い出も作れると思ったんだ」 「買い被り過ぎですよ」 「謙遜かい?」  嫌われちゃうかな? だけど、やっぱ知ってほしい。叶うことなら受け止めてほしい。 「……俺、逃げたんです。友達がイジメられてるのに……っ、自分のことばっか考えてほんと……最低な奴なんです」 「そう。だから君は一生懸命なんだね」 「っ!」  労うように、背中を擦るように肯定してくれる。ああ、ダメだ。涙が溢れ出す。図々しいことこの上ない。 「君は立派だよ。やり直しの機会を与えられたところで、誰しもが君のように熱心に取り組むことは出来ないもの」 「そんなこと……」 「君で良かったと改めて思うよ」 「リカさん……」  ――この人に応えたい。  俺は強引に涙を拭った。鼻も勢いよくかんで起き上がる。 「里を守ります。守らせてください! リカさんと一緒に。ずっと……っ」  リカさんは驚いたように目を見開いた。数回瞬きをしてふっと小さく笑う。 「単純だって思ってるでしょ?」 「いいや。その思い切りの良さは優太の長所だよ」 「物は言いようですね」 「本心だよ。青くていじらしくて、愛おしい」 「へっ……?」  リカさんの纏う雰囲気が変わったような気がした。何かくらくらする。色っぽいっていうか……呑まれそうで。 「ねえ、優太。飴……もう一つ食べない?」  リカさんが起き上がる。俺の顎に指を添えて、そのまま顎の下をそっと撫でて。 「ほしい、です」  声が掠れる。飴を舐め終えたばかりなのに。 「分かった」  リカさんの顔が近付いてくる。吐息が俺の頬や唇を撫でていく。揶揄(からか)ってるんだよな? にしても、そろそろ引かないと本当に重なって。 「っ!」  重なった。温かい。やわらかい。……何で? 「口、開けて」  訳が分からない。それでも、やっぱ欲しくって。 「あっ……」  俺は口を開けた。控えめに。思い切って大きく。 「んぁっ……!」  舌に硬いものがあたる。飴だ。溶けかけの飴を、俺の口の中に押し込んで離れていく。 「……いいんですか?」 「何が?」 「俺はその……本気ですよ?」 「うん。知ってる」 「知っ!?……~~っ」  穴があったら入りたい。 「励ませてもらうよ。優太が後悔することのないように」 「……本当に俺のこと――」 「好きだよ」  悲しいけどご機嫌取りの線も捨てきれない。リカさんは里のために平気で身を削るような人だから。 「こんなことしなくたって術でいくらでも……」 「術はもう解いたよ」 「えっ……?」 「君にも私達にも……もう必要のないものだから」 「まだ、数えるぐらいの人達としか――」 「小さな里だから」 「にしたって……っ」  微笑みかけてくる。嬉しそうに。包み込むように。 「あ゛~~~っ、もう!」 「ふふっ、信じられない?」 「……信じたいですけど」 「先は長そうだね。望むところだよ」  顔を寄せてくる。信じきれない以上、拒むべきなんだろうけど。 「……っ」  拒めるわけがなかった。好きなんだ。どうしようもないぐらい。出会ってまだ2日目だけど、それでも俺はリカさんが良くって。 「愛してるよ、優太」  初めてと2回目、3回目のキスはべっこう飴の味がした。ほんのりビターだけど(とろ)けるように甘くって。  もしかしたら、リカさんと俺の恋もこんな味になるのかもしれない。

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