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10.私の可愛いお嫁さん(☆)(※六花視点)
私にとって優太 は他の住民達同様、仲間であり、守るべき存在だった。
危ういほどに素直で、一生懸命で……いじらしい子。
彼が笑って暮らせるように。その能力によって自身を否定することのないように配慮していたつもりだった、のだけれど――。
『大丈夫だよ。今度は私が君の力になる』
『……っ』
そう告げた時、彼のその眼差しに熱が乗っていることに気が付いた。色白の頬は赤く、黒い瞳は潤んで蕩 けて。
純愛か、依存か。
利害と同情、打算と思いやりから始まった関係であるせいか、どうにも判断がつかない。もしかしたら、純愛でもあり依存でもあるのかもしれない。
ん~~~……難解だな……。
色恋事は苦手だ。
望める立場にないと言い訳をしてろくに学んでこなかったから。今更になってツケが回って来てしまった。
やれ困った――などと言って肩を竦める一方で、私の心は大きく弾んでもいて。
「励ませてもらうよ。優太が後悔することのないように」
悩んだ末に、私は手ずから優太の気持ちを掴みにいった。
諭して別の可能性に目を向けさせる道も考えたが、それはあまりにも無責任で無情な選択。私の目的に反するものであると考えたからだ。
彼は新種の生命体。人間でもなければ妖怪でもなく、半妖ですらない。
前例がないが故に分からないことだらけだ。例えばその体質は? 将来的に人間に寄っていくのか、妖怪に寄っていくのか、或 いは今のままなのか。
この点だけ取ってみても、伴侶として選ぶのにはあまりにも心もとない。
この里の妖怪達は人間に対して好意的な感情を抱いているけれど、それでも選び取る者はいないのではないかと思う。
だから、踏み出すことにした。優太を幸せにする。これもまた私の目的、私の責任であるから。
――などと御託 を並べ立ててはいるが、実のところ私自身もかなり浮かれている。
「ねえ、優太。飴……もう1つ食べない?」
などと稚拙な誘いをかける程度には。
育んでいけると予感しているからだ。
転んでも立ち上がることを選んだ君となら、「本気」の一言で私の疑念を一蹴させてしまうような君となら、見上げるほどに高い……大樹のような愛を育むことが出来るのではないかと。
「はっ……んっ、ぁ……」
口実に使った飴はすっかり溶けてなくなってしまった。それでも変わらず甘いと感じる。これは優太の味。控えめな甘さが癖になる。
「りか、さん……っ」
愛おし気に私の名前を呼んで、目尻から澄んだ涙を零す。月並みだけど綺麗だと思った。
「優太……」
同時に衝動が湧き上がってくる。
――汚したい。
無垢で純粋な君を。
私の欲で染め上げてしまいたい……と。こんなの初めてだ。
「抱きたい」
「っ!」
優太の耳元で囁いた。彼の背が大きく跳ねる。逸 り過ぎたかな。内心で苦笑していると――ぎゅっと抱き返してきた。私の心臓が大きな音を立てる。まるで太鼓のようだ。
「愛と春は似ているね。麗 らかでありながら不安定で、猛烈で……」
「……詩人ですね」
「ふふっ、恋は妖 を詩人にするようだね」
反射的にはぐらかしていた。それもかなり拙 く。
私にも雄としての意地のようなものがあるようだ。どちらかと言えば淡泊な方だと思っていただけに、どうにも気恥ずかしい。
「んっ、ぁ……はぁ……っ、り、か……っ、さ……」
誤魔化すように口付ける。情けないな。
「ここ……じゃ……」
腕の中の優太が気まずそうに目を伏せる。周囲に目を向けられる分、優太の方が数段上手 だな。
「山小屋に行こうか。あそこでなら存分に……声を抑える必要もないよ」
「っ! そういうこと……っ」
優太の顔が真っ赤に染まる。してやったり。
開き直って優太を揶揄 い出した。今の私では優太には敵わない。だから、甘えることにしたんだろう。我ながら子供じみている。でも、例えようもなく楽しくもあって。
「ああっ! もう……っ、これじゃ歩けないじゃないですか……」
優太が気まずそうに股を寄せる。見れば象牙色の裾がこんもりと盛り上がっていた。若いな。頬が緩む。ああ、私は本当に子供じみている。
「大丈夫。あの日のように私に身を任せて」
「…………っ」
優太は顔を伏せたまま小さく頷いた。抱き上げると着物の襟の辺りをぎゅっと握ってくる。
『おおおおっ!! おろさないで!!!!』
初めて会った時、そう言って取り乱していた彼のことを思い出す。あれからまだ2日も経っていないというのに。これでは節操なしと後ろ指を指されても文句は言えないな。
いや、妖である私の2日と人間である優太の2日では重みが違うか。
優太は他の人間同様儚 い存在だ。一息つく間に老いて手の届かない存在になってしまう。分かり切っていたはずの事実が重く圧し掛かる。
手がないわけではない。ただ、優太がそれを望むかどうか。この現状も100年であるのならと条件付きで受け入れている可能性もある。
だからこそ、慎重に。決して強要してしまうことのないようにしないと。
「行こうか」
「……はい」
大きく跳躍して山頂を目指す。途中で縁側でくつろぐ猫魈 (三毛猫)・梅と目が合った。訳知り顔で笑っている。
敵わないな。でも、後できちんと話さないと。苦手なんだけどな。そういうのも。
「優太、私は良い旦那さんになれるかな……」
「えっ?」
「ん?」
「俺が……嫁?」
沈黙が流れる。あれ? もしかして。
「ごめん。その気はなかったのかな?」
「あっ! いや……えと……っ」
どうやら先走ってしまったようだ。優太は満更でもなさそうだけど、大いに戸惑ってもいて。
私の不慣れ・不勉強が露呈してしまったな。居た堪れない。
「椿 ちゃんとか皐月 ちゃんみたいな恰好もしないと……ですか? 可愛い柄の着物を着て、前掛け付けて……」
そこ? 思わず笑ってしまった。けれど、優太にとっては深刻な問題であるようだ。未だ表情は晴れないまま。悪戯心が擽 られる。
「似合いそうだね。ぜひお願いしたいな」
「~~っ、勘弁してくれませんか? それ以外はその……頑張るんで」
「へえ~? どんなふうに?」
「どっ……~~っ」
優太の顔が一層赤くなる。それこそ火が出てしまいそうなぐらいに。
「優太ってさ、意外と助平 だよね」
「っ!!! 鎌を掛けたのはリカさんじゃないですか!」
「そんなつもりはなかったんだけどな~……」
「~~っ、もういいですよ……っ」
いじけてしまった。私の胸の中で。しっかりしているようでいて、まだまだ子供だな。可愛い。愛おしい。
「良い旦那さんになれるよう頑張るね」
「俺も……頑張ります」
「ありがとう。私の可愛いお嫁さん」
優太の目尻に口付けた。すると途端に黒い瞳がじんわりと蕩けて、愛を湛え出す。
「うっ、うっす……」
「ふふふっ」
愛と春は似ている。麗らかでありながら不安定で、猛烈で。君と出会わなければ知る由もなかった。
今はただこの出会いに感謝を。先のことはまた後でしっかりと考えるとしよう。
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