25 / 27
25.天昇とヤキモチと
「っ!? この無礼者がっ!!!!!」
「ふぉっ!? すすすっすみません!!!」
なっ、何ってこった!! もふもふの正体は薫 さんの尻尾だったのか!?
「この……っ」
薫さんが睨みつけてくる。リカさんと瓜二つの綺麗な顔を歪ませて。凄まじい剣幕。まさに激おこだ。
抱き込むようにして抱えられた尻尾は銀色がかった白で、ふわふわで、さらさらで、温かくもあって。くっ! どうせならもっと……いっそ大胆に味わっておけば良かっ――ん?
握り締めた拳から力が抜けていく。違和感を覚えたからだ。言わずもがな薫さんから。何かが変わった気がする。何だ?
「優太 殿! 此度 の非礼は、いくら常盤 様の奥方様と言えど看過出来ませぬ。よりにもよって若様の尻尾に触れるなど――」
「あーーー!!!!」
「「「っ!!?」」」
そうだ! 尻尾だ!! もふもふの面積が増えたんだ!!! 俺は軽く両手を叩きつつ、薫さんの尻尾の数を数えていく。
「ひー、ふー、みー…………なー…………やー、こー……こー!? 9本!? 薫さんの尻尾って7本でしたよね!?」
「『天昇』したんだね。2つも飛び級しちゃうなんて凄いなー」
めっちゃ棒読みだ。どうしてだ? リカさんにとっても嬉しいことのはずなのに。
「はははっ! 神もまた粋なことをなさる」
「穂高 さん、それってどういう意味ですか?」
「おや、お忘れですか? 薫様は貴方様を常盤様の妻とお認めになられた直後に、このように天昇なさったのですよ」
「あっ……」
言われてみれば確かに。
「『兄上の手綱をしっかりと握っておけ。これもまた兄上の妻であるお前の役割だ』……と、言っていたね」
リカさんからのダメ押しを受けて、薫さんは罰が悪そうに目を逸らした。間違いないみたいだ。そうか。俺、認めてもらえたのか。
「やったにゃーー!! 優太!!」
「いや~、ありゃ物の弾みなんじゃないかの~?」
「いーんだよ! 水差すんじゃないよ、このバカ!」
里のみんなも喜んでくれてる。控えめに言って大盛り上がりだ。
仮に唐笠 小僧の吉兵衛さんの言う通り、物の弾みだったとしてもこの空気じゃもう取り消しは出来ない、よな?
「笑うな」
「すみません。でも、やっぱ嬉しくって」
「阿呆が」
薫さんは言いながら深い溜息をついた。どうしよう。胸の奥が物凄く擽 ったい。
「常盤様、治療が完了致しました」
「ああ、ありがとう」
リカさんはハグを解くなり、自分の体の具合を確かめ始めた。
もうすっかりいいみたいだ。顔色も良くなってるし、体もしっかりと動かせてる。流石は定道 さん。元将軍秘書は伊達じゃない。
「ねえ、薫」
「何ですか」
「改めてその……よろしくね」
薫さんが小さく息を呑んだ。多分、これが正式な回答になるから。
迷いはないんだろうけど、緊張は伴うんだろうと思う。それだけの覚悟と責任が問われる答えでもあるから。
「おんぶに抱っこでは困りますよ」
「勿論だよ。お互いに足りない部分は補い合っていこう」
「調子のいいことを」
よし。これは薫さん語で『よろしくお願いします』だな。交渉成立だ。これからは忙しくなるぞ~。リカさんも実家と里を行き来したりして――ん? んん?
「復帰するってことはつまり……リカさんが将――当主になるってことですか?」
「ふざけるな」
即座に罵声が飛んできた。俺がきゅっと目を閉じている間に、薫さんが続ける。
「こんな短慮な力だけの妖狐に、雨司の当主が務まるわけがないだろう」
「しっ、辛辣!」
「はははっ! 構わないよ。事実だからね」
「なるほど。自覚はありましたか」
「うん。薫とお婆様が言った通りだよ。私では雨司の当主は務まらない」
ノーダメか。むしろほっとしてるまである。家出したぐらいだし、まぁ当然の反応なのかな。
「……兄上」
「ん?」
「お婆様からは何処で? 雨司にいた頃に指摘を受けたのですか? それとも文で?」
何でそんなところに拘るんだろう? 俺が一人疑問に思っていると、リカさんがすーっと目を逸らした。途端に薫さんの眉間に皺が寄る。
「見たのですね? 僕の記憶を」
「……褌 」
「~~っ!!! 兄上!!!」
「褌? えっ!? 一体何があったんですか――」
「兄上、他言なされるようなことがあれば協定は即刻破棄しますからね」
「任せて。秘密は絶対に守るよ」
あっ、これ後で教えてくれるやつだ。知りたいけど知りたくないな。記憶を覗かれたら一発アウトなわけだし。
「若様、そろそろお暇を」
「……そうだな」
「泊っていけばいいのに」
「世迷言を。課題は山積、寝る間すら惜しいというのに」
「ありがたいけど、あんまり根を詰め過ぎても――」
「まずは現当主である父上や、家臣共を取り込む算段を打ちます。貴方にもいずれは同席いただきますからね」
「………………やっぱり?」
「当然でしょう」
リカさんの耳がぱたりと下向く。お父さんや家臣の人達が苦手なんだな。どんな人達なんだろう? 俺もいずれは顔を合わせないといけないんだよな。
「……頑張ろ」
「かっ、薫様!」
「大五郎さん?」
らしくもなく、かなり緊張してる。どうしたんだろう?
「何だ? また僕に取り入るつもりか」
「いえ、今回はそうではなくて」
薫さんの口角が僅 かに持ち上がる。俺は勿論、他のみんなもピンときていないみたいだ。
2人の間だけで通じる会話ってやつか。やっぱり特別な関係だったんだな。元従者、元護衛あたりが濃厚か。
「申し訳ございませんでした」
出てきたのは謝罪の言葉だった。重苦しい緊張を纏ったまま大五郎さんは続ける。
「あの日、私は武人として使いものにならなくなってしまい……貴方様に合わせる顔がなく――」
「大五郎」
「はっ――っ!?」
大五郎さんのつるっ禿 な頭に何かがぶつかった。軽い。ひらひらと舞い落ちていく。白い花びらだ。あれは。
「相も変わらず桜の似合わぬ男よ」
大五郎さんが固く目を閉じた。顎が震えてる。堪えてるんだ。涙を。
「……忝 うございまする」
「ふっ」
薫さんが――笑った。満足げに、得意気に。
つまりは、不問ってことか? 何にせよ蟠 りは解けたみたいだ。良かった、良かった。
「おやおや、これは勝ち目がなさそうですね?」
穂高さんが定道さんに話しかけた。何だか挑発してるみたいだ。案の定、定道さんはむっとして。
「大五郎殿は、常盤様の側近だ」
「どうだかな?」
「ああ、あんな奴はもういらん」
薫さんがさらりと言い放った。すると、定道さんの表情がみるみる内に華やいで――五本の尻尾がぴんっと立ち上がる。
「きっ、聞いたか穂高!」
「っは! お~お~、嬉しそうにしちゃってまぁ~」
「っ! うっ、うるさい!」
大五郎さんも苦笑を浮かべている。異論はないみたいだ。ちょっと寂しそうではあるけれど。
「まったく……」
一方の薫さんは呆れ顔だ。それでもどこか嬉しそうでもあった。何とも微笑ましい限りだ。
「兄上、帰ります」
「ふふふっ、いいのかな?」
「さっさとしてください」
「分かったよ。じゃあ、名残惜しいけど……またね」
リカさんは返事をするなりくるりと指を回した。
「わっ!?」
一瞬だ。瞬きする間に、薫さん、穂高さん、定道さんの姿が見えなくなった。文字通りぱっと消えたような感じで。
「すっ、すげぇ――」
「「ぎにゃ~~~!!!」」
「うおぉおお!!? 何しやがる!!!!」
「っ!? なっ、何!?」
何事かと思えば――大五郎さんが猫又達に襲われていた。
両サイドから車輪を引っ掻かれてる。犯人は黒猫又の椿ちゃんと、白猫又の菊ちゃんだ。
2匹とも怒り狂ってる。やり場のない感情をぶつけてるような感じで。
「大五郎のくせに!! 大五郎のくせに!!」
「つるっ禿親父には来て、にゃんで菊にはいつまで経っても……っ、うぅ゛!! 納得がいかにゃいにゃーーーー!!!!」
「はぁ!? 何が来たって!?」
「ふふふっ、薫がモテてる♪ 嬉しいなぁ~」
あ! なるほど。『そこ代われ状態』ってことか。
超絶イケメンから桜の花&麗しスマイルを贈られる。
まぁ、確かに夢はあるか? 何かちょっと乱暴だった気がしないでもないけど。
「ほっほっほ、若いの~」
猫魈 の梅さんは笑顔を浮かべるばかり。仲裁をする気はないようだ。俺が止めるべきか?
「それはそうと……ねえ、優太?」
また抱き締められた。今度は後ろから包み込むように。嬉しい。本音を言えば俺も抱き返したいけど。
「ダメですよ。みんな見てますから――」
「薫の尻尾、いいなって思ったでしょ?」
「っ!?」
「もっと触りたいって思ったでしょ?」
有無を言わさず問いかけてくる。リカさんは変わらず穏やかだけど、それに反して圧が半端なくって。俺の背からはだらだらと嫌な汗が伝っていく。
「優太?」
「はっ、ははははっ、やっ、ヤダな~! 確かにまぁ綺麗な尻尾だな~とは思いましたよ? 思いましたけど――」
「私のよりも?」
「そっ、そんなわけ――ごひゅっ!?」
視界を、全身を、リカさんの4本の尻尾が覆い隠していく。
温かくて、ふわふわで、もふもふで。おまけにヤキモチのスパイス付きだ。
堪らん。俺の鼻孔は大きく広がり、両手もぷるぷると震えながら持ち上がっていく。
「もひゅ……もひゅ……」
「ねえ、私の方がいいでしょう?」
「ひゃい♡」
俺は本能の赴くまま、顔を覆う尻尾を鷲掴みにした。
すんっと鼻を鳴らせば、干したての布団みたいな匂いが。まさに至福。おぉ、神よ……。
「ふふふっ、素直でよろし――っ!」
「っ!? なっ、何――」
眩しい。視界を覆われているはずなのに。この光はリカさんから放たれてるのか?
「あっ、あれ?」
光が薄れかけてきたところで、俺はとてつもない違和感を覚えた。
さっきまでと何かが違う。何だ? 温もりが減った。……減った?
「リカさん!? まさか」
振り返ると案の定、リカさんの尻尾が減っていた。4本から2本へ。言わずもがな天昇したんだ。
「すごい! おめでとうございま――」
ちっ、と鋭い音が飛んできた。今のは舌打ちか? 誰が? えっ? まさかリカさんが? あの穏やかなリカさんが舌打ちを……?
「……神め」
笑顔のままブチギレてる。怒りの矛先は間違いなく神様に向いている。100パー俺じゃない。分かってる。分かってるのに、どうにも汗が止まらなくて。
「しょっ、昇格したんですよ!? 素直に喜びましょうよ!」
「どうして今なんだろうね? 絶対わざとだよね?」
「わわっ! リカさん、落ち着いて!!」
「うひょい!? いつの間にやら、六花 様が二尾の天狐様になられておるぞい!!」
「常盤様!! あぁ!! 何とめでたい!!!!」
「宴じゃ! 宴じゃ!!」
「悪いけど、今はそういう気分じゃ――」
「「「宴にゃーーー!!!」」」
「はぁ~……ふふふっ、もう! 分かったよ」
こうしてまた賑やかな日々が戻って来た。一度失いかけただけに喜びも一入だ。
それだけに、これが仮初のものにはならないように。俺達だけの限定的な幸せにならないように頑張らないと。
そのために、俺は妖狐になるんだ。我ながらとんでもない決断をしたものだなと思う。けど、後悔はしてない。むしろ、誇らしいとさえ思えるほどだ。
「俺、ちょっとは変われたかな?」
最初の内は御手洗 になりきって。だけど今は。今やっと自分の足で立てたような気がする。
そう思ってもいいですよね? 神様。
ともだちにシェアしよう!