19 / 44

17.私の可愛いお嫁さん(☆)(※六花視点)

 優太(ゆうた)の隣にいると、(しき)りに思い出される情景がある。あたたかな(ひざ)の上。見上げれば母上の姿が。母上は私と目が合うなり微笑んで、そっと頭を撫でてくれた。  優太の隣にいると、あの時と似た心地になる。安らぎと充足感。甘酸っぱいような、(くすぐ)ったいような心地に。  もっと一緒にいたい。そう思うようになってからというもの、私はやたらと子供じみた行動を取るようになった。優太の気を引こうとしたり、揶揄(からか)ってみたり。優太は私のことをどう思っているのだろう? 尻尾には異常な……特別な興味を持ってくれているみたいだけど。 『…………』  気になって何度も心の中を覗こうとした。けど、ダメだった。何も見えない。他の妖や人間相手なら、容易く読み取ることが出来るのに。神め。まったくもって腹立たしい限りだ。 『んっ……はぁ……っ、ゃ……っ』  優太の薄い胸に舌を()わせていく。色白で華奢(きゃしゃ)だけど体温は高め。なめらかでハリのある肌は、彼がうら若い青年であることを物語っていた。 『りか……さっ……』  優太が快楽に染まっていく。だけど、これは偽物。作られた情動だ。行為を促進させるための一種のにすぎない。  分かってる。分かっていても、つい夢を見てしまう。仕組まれた情欲の裏には本物の情欲が。優太もまた私を求めてくれているのではないかと。 『優太……』  熱で(とろ)けた思考の中、ゆっくりと距離を縮めていく。血色のいい薄い唇。重ねれば変わる。優太は私のものに。 『リカさん――』 『っ!?』  名前を呼ばれて我に返った。慌てて距離を取る。心臓が煩い。落ち着け。冷静になるんだ、私。息を整えつつ、それとなく優太の様子を窺う。 『えっ?』  優太は酷く傷付いたような顔をしていた。(あご)の下には皺が寄り、黒く澄んだ瞳には影が伸びていて。君も望んでいたの? 求めてくれていたの? この私のことを? 「はっ……んっ、ぁ……」  思いを確かめるなり、私は優太に口付けた。一度し出したら止まらなくて。 「りか、さん……っ」  いじらしく私の名を呼ぶ。目尻からは涙が零れ落ちて。月並みだけど綺麗だと思った。同時に衝動が湧き上がってくる。汚したい。無垢で純粋な君を。 「抱きたい」 「っ!」  優太の耳元で囁いた。途端に優太の背が大きく跳ねる。(はや)り過ぎたかな。内心で反省していると、ぎゅっと抱き返してきた。ああっ、何てことだ。堪らなく愛おしい。 「でも……ここ……じゃ……」  優太が気まずそうに目を伏せる。参ったな。周囲に目を向けられる分、優太の方が数段上手(うわて)だ。苦笑しつつ優太の額に口付ける。 「山小屋に行こうか。あそこでなら存分に。よ」 「なっ!? なっ……!!!」  優太の顔が真っ赤に染まる。してやったり。……なんてね。優太の前だとつい子供じみた振る舞いをしてしまう。何処かで改めないと愛想を尽かされてしまうかもしれないな。 「それじゃあ、行こうか」  優太が頷いたのを見計らってゆっくりと抱き上げた。それと同時に私の着物の襟を掴んでくる。自然と思い起こされるのは、初めて会った日のことだ。 『おおおおっ!! おろさないで!!!!』  そう言って君は取り乱していたっけ。まったく。あれからまだ2日も経っていないというのに私達は……。いや、妖である私の2日と、人間である優太の2日とでは重みが違うか。優太は他の人間同様(はかな)い存在だ。一息つく間に老いて、去っていってしまう。分かり切っていたはずの事実が重く圧し掛かる。  手がないわけじゃない。ただ、優太がを望むかどうか。慎重に。決して強要してしまうことのないようにしないと。  大きく跳躍して山頂を目指す。途中で縁側でくつろぐ猫魈(ねこしょう)(うめ)と目が合った。訳知り顔で笑ってる。敵わないな。だけど、里のみんなにはちゃんと話さないと。少なくとも大五郎(だいごろう)は大目玉だろうな。ああ、気が重い。 「あの……本当に俺でいいんですか?」  優太が尋ねてくる。眉尻を下げた不安げな表情で。どうやらみたいだ。もどかしい反面、楽しみでもある。次はどんなふうに愛を伝えよう。どんなふうに愛を乞おうか。 「優太」 「……はい」 「覚悟しておいてね♡」 「はい? ……はいっ!?」  戸惑う優太を他所に、鼻歌交じりに山を駆けのぼっていく。私の可愛いお嫁さんとの素敵な未来を思い描きながら。

ともだちにシェアしよう!