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25.私に君のような勇気があったのなら(※六花視点)

 乾いた砂の香りがする。来たか。振り返ると案の定土煙が立っていた。凄まじい勢いでこちらに向かって来ている。 「お待たせ致しました」  私の傍に来るなりピタリと止まった。大五郎(だいごろう)だ。彼とは彼是(かれこれ)1000年以上の付き合いになる。生活も、戦場も、その多くを共にしてきた。端的に言えばそう……私の家臣だ。 「頼りにされてるみたいだね」 「厚かましいのですよ、奴らは」  口角、上がっちゃってるよ。ふふっ、君は相変わらず嘘をつくのが下手だね。 「ご用件は?」 「もう少し話さない?」 「無粋(ゆえ)、ご容赦願いたく」 「つれないな~」 「あの人間のことですね」  やっぱり読まれてたか。仕方がない。咳払い一つにそっと切り出す。 「優太(ゆうた)と結婚したいんだ」  大五郎の眉間に皺が寄る。そりゃ反対するよね。だって、君の中では私は……変わらず『常盤(ときわ)様』なんだから。 「ご自分の立場をお忘れですか」 「私は六花(りっか)六花だよ」 「天狐・常盤様。今一度お考えください」  始まった。 「こうしている今も、貴方様や天狐・(みお)様の仰る『正しくも儚き者達』が、欲深き矮小(わいしょう)なる者達に蹂躙(じゅうりん)されているのですよ」 「……うん」 「このように(いく)らか保護したところで何の意味もないのです」 「……そうだね」  これで何度目になるだろう。この問答を交わすのは。1年間ずっと繰り返してきた。大五郎と再会して以来ずっと。 「(かおる)様が即位された後でも構いません。どうか今一度――」 「ふふっ、薫が王か」 「ご不満ですか?」 「いいや。ほんと凄いなと思って。末っ子なのに。6人の兄姉を差し置いて、なんてさ」 「それだけ熱心に。血反吐を吐く思いで励んでこられたのです」 「君も鼻高々でしょ? 薫のこと見守ってくれてたんだもんね」 「……いえ、そのような」 「戻ってあげなよ。薫もきっと君に会いたがってるよ」 「薫様は誰にも心を開きませんよ」 「そんなこと――」 「事実です。側近のお2人に至っては『首輪』までかけておいでで」  首輪。優太にかけていた術と同じものだ。別名『操術(そうじゅつ)』。対象を意のままに操ることが出来る。術を維持するのはそれなりに大変ではあるけれど、薫も今や『七尾の狐』。対する側近……定道(さだみち)穂高(ほだか)は『五尾の狐』だ。ある程度条件を絞れば、永続的に支配することも不可能ではないだろう。 「恐れながら、薫様は貴方様と同じお考えなのではありませんか?」 「…………」 「当代……いえ、これまでの雨司(あまつかさ)の在り方に否定的な考えをお持ちになっている。それ故に孤高のお立場を取っておいでなのでは?」 「だとしても、私の出る幕はないよ」 「一度失敗したぐらいで」 「ほんと情けないよね。私はそのたった一度の失敗で挫けてしまったんだ」  大五郎は深く溜息をついた。その真意は? 触れれば分かる。いとも容易く。けれど、確かめる勇気は……ない。 「……いいでしょう。今日のところは引き下がります」 「優太との結婚は?」 「賛成も反対も致しません」 「……どういうこと?」 「取るに足らぬと申し上げているのです。あれも所詮(しょせん)は人間。50年も生きられないでしょうから」 「酷いな」 「酷いのはどちらか」 「……ごめん」 「失礼致します」  大五郎が去って行く。大きな車輪の体を転がしながら。後には私だけが残る。ああ、どっと疲れた。思うままに芝生の上に寝転がる。 「あの分だと祝言は欠席かな」  酷いのはどちらか。大五郎の言葉が重く圧し掛かる。ねえ、優太。私に君のような勇気があったのなら、今とは違った生き方が……めげずに立ち上がることが出来ていたのかな。  自嘲気味に笑いながら空を見上げる。その晴れやかな青は、今の私には眩し過ぎて。 「……っ」  堪らず目を閉じた。あらゆるものから目を背けるように。

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